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電子街の宣伝戦 ↑宣伝戦たけなわ。 プラカードを持ってデモンストレーション。 10月1日から1週間、 中国は建国記念日の連休でした。 青島の電子街もお客さんで賑わい、 ここぞとばかりお店の宣伝戦がたけなわです。 プラカードを持った若者が街の中を練り歩いたり、 チラシ配りのお姉さんがあちこちで活躍しています。 私はひなたぼっこを兼ねてぶらぶらしながらカメラを向けますが、 なかなかいいスナップ写真が撮れません。 広場のベンチに腰掛けながらの撮影ですから 機敏性に欠けるのが致命的です。 ↑プラカードを持った宣伝ガールたち。 ↑チラシ配りのお姉さんもたくさんいます。 ふと気がつくと、 二人の若者が私のカメラをしきりに覗き込んでいます。 私と顔が合うと、 「そのカメラはこの電子街で買ったのですか。いくらですか?」 「うーん、これは日本で買ったものだよ。2万5千円ぐらいかな」 若者たちは2万5千円と聞いて、暗算を始めました。 「2千5百元ぐらいかなあ」 「いや、そんなにしないだろう」 と、人民元への換算に手間取っています。 私が、 「2千元ぐらいじゃないの?」 と、助け舟を出すと、 「そうだ、そうだ。2千元だ」 と、やっと納得したようです。 そして、 「どうもありがとう」 と、丁寧にお礼を言って引き揚げていきました。 田舎から出てきたばかりでしょうが、 なんとなくすがすがしい若者たちでした。
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そうですね。中国でも農村から出てきた人は可愛いところがあります。
今でも中国では日本よりも少しは性能が悪いが安い電気製品が売れているのでしょうか。
私はカルフールの近くのメガネ屋さんで眼鏡を作ると云う暴挙に出たことがありますが、苦心惨澹でした。度数がうまく測れない、良し悪しが通じない、どう見えているか説明できないから、最後はもうやけくそでした。
まだ、即墨路や文化村で?地べたに転がっている陶器や妙な万年筆を買うほうが簡単でした。
できた眼鏡は今でも持っていますが使いません。約一万円くらいでした。
カルフールから南京路に上がって行って、眼鏡ができる間ほっぺたが真っ赤な子供のような店員のいる店で生ぬるいビールを真冬に飲んでいたことを思い出しました。
今考えると青島満帆さんの前の家から数分の店です。
2010/10/12(火) 午後 6:51 [ ぜ ]
ぜさん、南京路の眼鏡屋ですか。私は年をとってから近視が治り、老眼にもならずにここまできました。天津にいるとき最後の眼鏡を買いましたが、眼鏡屋が乱立していたせいか、技術はかなり進んでいました。青島はまだ駄目ですかね。
中国人はまだ安い粗悪品を買う傾向がありますね。最近お金持ちが増えましたから、高くてもいいものをという時代が来るのも近いと思います。
2010/10/12(火) 午後 9:41
カルフールの角から南京路を上がっていくと、二十五中のバス停がありますが、そこまで行くちょっと手前のガラス張りの大きな店でした。店員が皆いい加減というか、何でもハオ。
ハオでないのは値段だけでいかにも中国と言う感じでしたが、決して不愉快な思い出ではありません。
土台最初から中国語ができずに眼鏡の調整などに挑戦することのほうが無謀です。
中国の粗悪品と言いますが、私の着ている衣服や靴帽子ほとんど中国製です。カメラもブランドは日本のヤシカやキャノンでも生産地は中国ではないでしょうか。
それにしてもこの宣伝隊のカラーのはっきりとしていること、一目瞭然、。ともかく目立ってナンボ。
わたしは、中国人の色彩感覚嫌いではありません。何処やらイタリアによく似ていてしばらく見ていると最初の下品さ思慮のなさと言うようなものを突き抜けるもっと強い感性を感じます。
2010/10/13(水) 午前 6:54 [ ぜ ]
先日、かばんの製造販売をしている方とお会いしましたが、最近の中国のかばん作りの技術が急速に進歩してブランド品に負けないくらいだ。安心して任せられる、と言っていました。
あとは中国の消費者がよいものを見分ける力を持つことだと思います。日本の技術も安心してはおられません。
2010/10/13(水) 午後 8:07
おっしゃる通りです、かつて日本の繊維の代表選手でありました「レナウン」より販売されていた男物のブランド「ダーバン」は、もともと中国でできていたのではないでしょうか。
そしてさらには今年は山東省の会社にレナウン本体が買収されたしました。
もう、日本は技術でも資本でも中国に勝てないとこに来ているのです。国家レベルでもアメリカの国債も世界で一番の多く持ち、日本はもちろん財政破たんしたギリシアも買い始めました。
駆逐艦を作ることに象徴されるように青島は、きっと中国の重要な港町になります。
問題はありますが、積極的に前向きない考えれば青島は極めて将来のある土地です。自衛隊寄港の月刊青島の記事を見てピンときました。
歴史に学べ、とはうまく言ったものです。
翻って言えばさすがドイツ帝国の着眼も確かであったと云うことです。
2010/10/13(水) 午後 8:56 [ ぜ ]