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「殯」という言葉から思うこと
K氏のエッセー・外国語を学ぶこと
[ ze ]
2015/4/27(月) 午後 7:39
旧宅は銀丁百貨店のすぐ裏にあった
日本人が住んでいた家
[ ze ]
2015/4/23(木) 午後 6:22
你们好,我喜欢很中国和中国话,但是最近there are a lpt of people who would like to confess discontement and jelousy about china government in many ways.for example teritorrial or citizen right including communist paraty system.
what do you think about these problems,how do you think about the future of your own country china.
この度帰国いたしました
生活日記
[ ゆうこ ]
2015/4/22(水) 午前 4:05
旧宅は銀丁百貨店のすぐ裏にあった
日本人が住んでいた家
[ ぜ ]
2015/4/6(月) 午後 9:58
旧宅は銀丁百貨店のすぐ裏にあった
日本人が住んでいた家
[ かつし ]
2015/3/28(土) 午後 3:22
旧宅は銀丁百貨店のすぐ裏にあった
日本人が住んでいた家
[ ぜ ]
2015/3/27(金) 午後 0:36
もう、ご六年以上も前になるでしょうか。
王朝ホテルの回るレストランで私は屈折した自分をもて余しながら、バイキングの食事をもてあそんでいました。
もう若くもないし、だからといって明日にでもあっちの世界に旅立つわけでもない、希望とか目的のない中国青島の一人旅です。
チィバ、
時おり穏やかに、そして繰り返される密やかな会話の方に私は、心を奪われていました。
老婦人は、日本人。
嬉しそうに答える若い方の女性は、どうみても中国人です。
実に楽しそうな食事風景でした。
たまたま、翌日、日本人会で聞き覚えのある声を青島日本人会の事務所で聞くことになったわけです。
大谷名誉会長さん、池田事務局長さんから二人の背景、事情を聴きました。
私は、戦前の日本人をあまり快く思えない人間でしたが、あっと, , 思いました。
隣に座り会わせた足立さんも、加わって短い時間でしたが楽しいお話をうかがいました。
お孫さんらしき方のメール、拝見しますと人生の機微、生きていることの不思議をおぼえます。
ジャカランダのその後
生活日記
[ ぜ ]
2015/3/22(日) 午前 8:34
この度帰国いたしました
生活日記
[ じゃじゃ−ン ]
2015/3/14(土) 午後 4:19
中国との関係も、少しは安定しているかに見えますが、それは表向きだけで実際は経済もtpp、だけを考えても大変な関係でしょう。
貴方もよくご存じだった大谷名名誉会長を青島は、見殺しと言うか、非礼な態度で放り出してもう何年にもなります。
私は今からでも遅くはない方、大谷事務所とでもいったものを設けて窓口、門戸を常に開いておくべきだったと思っています。
青島の大きな三つの事業、領事館日本人学校、ジェトロを作ったのはいったい誰で会ったか、もしも一触即発の事態で終戦処理を探ることのできる民間,代理人はいませんでしょう。
短い駐在の腰掛の人間を誰が信じたり、あるいは戦争さえにおわせる緊張した場面で同じ手−ブルに座らせるでしょうか。
関係、グアンシイの意味も決定打も知らぬアンポンタン、軽薄な外交と経済戦略でしょう、
大学にも政府の高官にももちろん民間の企業にも絵は顔で入っていける人間一人を使いきれない日本企業のおバカぶりでしょう。
今、あえて言えば、事務局長の池田さんくらいしか実際に使える人はいませんでしょうに。
青島の庶民住宅「里院」
青島の街研究
[ ぜ ]
2015/3/8(日) 午前 4:57




