青島満帆

戦争は、勝った側も負けた側もこんな馬鹿馬鹿しいことはない」黄瀛

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老人天国、青島好日

老人天国、青島好日




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   ↑突如、青島上空に飛行船が飛来。




青島上空に突如(?)現れた飛行船。

何かの宣伝か、しばらくビル街の上空を旋回していましたが、

やがて私のマンションの屋上をすれすれに飛んで行きました。


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   ↑公園の真ん中に陣取っておしゃべりを楽しむお年寄り。




貯水山公園は相変わらず老人天国。

のんびり世間話に興ずるお年寄りたちもいれば、

トランプに熱中するグループがあちこちで塊を作っています。


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   ↑青島式のトランプゲームは一番の人気。




でも、やはり健康的なのは太極拳の講習会を始めた人たちです。


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   ↑健康的なのは太極拳です。




私が一人でベンチに座っていると、

まだ元気そうなおじさんが話しかけてきました。

私が日本人だと言うと、彼は韓国人で青島大学の先生だそうです。

インテリらしく、時折英語を交えて話をするので聞くほうも大変ですが、

この公園がかつて青島神社だったことも知っていました。

親指を立てて盛んに「ジャパニーズ、イズ、ナンバーワン」と言うので、

照れていると、

もう一人のおじさんが加わって、ますますこんがらかってきました。

このおじさんは楽陵路に住んでいるというので、

私は小さいころ博興路に住んでいたと言うと喜んでくれました。

博興路小学校を知っているかと聞くと、

知っていると言うので、

あれが私の家だったのだと言っても、

よく理解できないらしく「あの学校で勉強したのか」と、

ちんぷんかんぷんです。

あの小学校が丸ごと私の家だったと言っても

今の人にはわからないでしょうね。


ともあれ、日中韓友好の青島好日でした。

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↑マンションの上をすれすれに飛んで行った飛行船。
大雨とパンクで受難の旧宅案内




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↑アカシアがようやく咲きました。でもまだ花は小さい。




5月30日は朝からはっきりしない天気でしたが、

午後からは一転、強い風と雨で大荒れとなりました。

午後2時に麗晶ホテルに菅野さんを迎えに行くことになっていましたが、

お昼ごろ電話が入り、

「これから東方飯店で食事をするので遅くなります」

とのこと。

いつものようにY君に車で私の部屋まで来てもらって待機し、

折を見て東方飯店へ菅野さん一行を迎えに行きました。

東方飯店に着いたときは強い風に煽られて歩くのがやっと。

菅野さん一行を乗せて菅野さんの旧宅、横浜正金銀行跡に向かいました。

途中、カトリック天主教堂に寄り、

中山路を通って、さらに市場3路の電気館跡へ。

風雨ますます強まる中、市場1路の横浜正金銀行裏門に到着。

そこで、子供を預けて駆けつけたM田さんが合流。

菅野姉妹が住んでいた銀行の社宅は新しいビルになっていましたが、

当時の中国人社員住宅は今も健在。

激しい雨の中、姉妹は懐かしそうに銀行の裏庭を歩き回り、

少女時代の思い出を確かめていました。

(雨のため写真はありません)


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↑やっと雨が上がった第一小学校グランド。




そのあと1小、女学校、青島神社、中の町と周りましたが、

そのころになるとさすがの雨も上がり、

一行は即墨路市場でお土産の買い物に時間をつぶしました。


天気が回復すると、菅野様ご一行は小魚山にもう一度行きたいとのこと。

実はその日の朝、旅行会社の案内で小魚山見学をしたのですが、

あいにく深い霧に包まれて視界はゼロ・・・。

というわけでもう一度挑戦することになりました。


ところがここで思わぬアクシデントに見舞われました。

車のタイヤが2本もパンクしてしまったのです。

すぐにタクシーを捕まえてM田さんと菅野さん一行は小魚山に直行。

その間にY君と私は大急ぎで修理店を探してパンクの修理です。


幸い、菅野さんご一行は雨上がりの小魚山の夕景を眺めることができました。

パンク修理も終わった私たちは青島一の本屋“書城”で落ち合い、

夕食のレストランへと向かったのです。


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↑夕食を食べながら歓談。



こうして雨と風の中の旧市街案内も無事終わることができました。


青島旧市街のご案内はどうぞ「青島満帆」へお申しつけください。

自信を持ってご案内いたします。
青島日本人学校の運動場




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   ↑高層団地に囲まれた青島日本人学校の運動場。

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   ↑一生懸命走る生徒たち。




今まで何度か青島日本人学校をご紹介しましたが、

運動場のご紹介はまだでした。

私が日本人学校に見学に行くときは、

いつも雨が降っていたり、時間が遅くて暗かったりで、

写真が撮れなかったからです。


先日の白水さんの特別授業の日、

やっと運動場の撮影に成功しました。

体育の時間に徒競走の練習をしているのは、

小学2年生ぐらいでしょうか。

高層団地に囲まれて、決して広いとは言えない運動場ですが、

空間はたっぷりあります。

生徒たちはのびのびと一生懸命に走っていました。

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   ↑生徒たちの真剣な走りに先生も満足げです。

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   ↑さあ、今度はリレーです。



先生も走るときの注意事項をユーモアたっぷりに説明していて、

私の頬も思わずゆるんでしまいました。



校内では和太鼓の力強い響きが轟いていました。


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   ↑和太鼓の練習に励む生徒たち。



教室で和太鼓の練習に励んでいる生徒たちです。

この学校では和太鼓の練習に力を入れているそうです。


縁あって青島で暮らすことになった子供たちですが、

思う存分青島の生活を楽しんでください、

と祈るのみです。
墨絵画家白水さん、「阿修羅像」を寄贈



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↑青島歴史資料室で戦艦「日向」の写真を発見した白水さんのお兄さんは、
感慨深げに見入っていました。
お兄さんは、戦艦「日向」が呉沖で撃沈されたとき、
レーダー室で指揮をとっていました。
戦艦「日向」の最後を見届けた数少ない生き残りの一人です。




5月23日から26日まで、

墨絵画家の白水貫魚さんとそのお兄さんが来青されました。


24日の朝から私と由君、

それに総領事夫人も同乗して旧市街を案内しました。

青島駅、カトリック教堂、中山路、館陶路などを回り、

お昼は総領事の接待で飲茶をいただきました。



体調を崩していた私は、その頃から歩くことが困難になり、

日本出張から帰ってきたばかりのM田さんにバトンタッチ。

そのあと、白水さんが住んでいた周村路近辺を探訪し、

第一小学校へ向かったそうです。

その日は幸運にも第一小学校の内部に入ることができ、

しかも校舎の中にまで入ることができたそうです。

小学校3年まで在学していたお兄さんのほうは、

80年ぶりの教室を目の当たりにして感慨ひとしおでした。


しかもお兄さんは

弟(白水画伯)を連れて小学校や青島神社を遊び回っていましたので、

コの字形の校舎や三つあった運動場までよく覚えていました。

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  ↑日本人学校の廊下で中学生に話しかける白水ご兄弟。




今回の白水さんご兄弟の来青の目的の一つは、

白水画伯が丹念に描き上げた「阿修羅像」を

青島日本人学校に寄贈されることです。

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  ↑日本人学校応接室で「阿修羅像」を初公開。




翌25日、私の体調もようやく回復しましたので、

午後からの白水さんの記念講義を聴きに行きました。

午後2時半から日本人学校の多目的教室で、

総領事ご夫妻をはじめ多数の方のご出席のもと、

白水さんの作品「阿修羅像」が贈呈されました。


そのあと、小学校高学年と中学生のための「墨絵と仏像」の講義があり、

すばらしい「阿修羅像」を目にした生徒たちから、

おー!

という驚きの喚声が上がりました

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  ↑多目的教室に集まった生徒にも「阿修羅像」を公開。
   思わず感嘆の声が上がりました。

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  ↑小学校高学年と中学生に「墨絵と仏像」について特別講義。



白水さんご兄弟をお迎えした今回のご案内は、

私のアクシデントのためたいへんご迷惑をおかけしましたが、

私たち青島在住日本人にとっては

たいへん有意義なものでした。


白水さん、ありがとうございました。

勘違いする日本語

勘違いする日本語




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  ↑貯水山公園にも噴水が吹き上がりました。夏の風物詩です。




青島にもようやく夏が訪れたようです。

木々は青々と芽を吹き、

道行く人たちも半袖姿が目立つようになりました。

貯水山公園の入り口の噴水も吹き上がりました。

公園を散歩する市民も浮き浮きしているように感じます。


夕方になると街には夜店が並びます。

青島はやはり夏が一番です。


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  ↑午後3時過ぎには早くも夜店の準備が始まります。

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  ↑まだ明るいうちに開店します。




でも、夏が嫌いな人もいます。

日本語教室の生徒、張さんは寒さに強く、冬のほうが好きです。

その上、雨が大好き。

私は寒がりで夏が好きですから、

まるで正反対の性格です。


夏は肌が黒くなるので嫌いなんだそうです。


23歳でまだ恋人歴なし。

恋人がいると煩わしいから、と言います。


そんな彼女をからかいながらの授業も楽しいものです。


心地よい風を運んでくれる窓に向かって、


「おー、夏はやっぱり気持ちがいいなあ」


と、わざと大きな声を出すと、張さんはいやな顔をします。


「今度引越しするときは、

海に近い部屋を借りて静かに暮らしたいなあ。

でも、誰も来てくれない生活はやっぱりさびしいなあ」


と言いますと、何と、


「でも私はだいじょうぶです」


という答え。

この言葉には一瞬、勘違いが生まれそうです。


(私はだいじょうぶですから先生と一緒に行ってあげますよ)


という意味に取れないこともありません。


(先生がどんなに遠くに行っても、時々会いに行ってあげます)


という意味だとしてもこんなうれしいことはありませんね。


でも、張さんの言っている意味は、単に、

(私は一人が好きですから、先生と違って誰も来ない生活でも平気です)

という意味ですから、

まあ、ドッキリするほどのことはありません。


「若い人は、遠くて不便なところにいても、

行きたいと思ったらどこにでもすぐ行けるからいいけど、

私のように足が弱くなると、どこにも行けないからなあ」


と嘆いてみせてこの会話は終わりにしました。

勘違いもまた楽しいですね。


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  ↑路上に雑貨品を並べるおばさん。

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