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まだ日本にいるときのことですから、15年ぐらい前のことです。
私の家の裏の空き地に高層マンションの建設計画が持ち上がりました。
静かな住宅地に高層マンションなどとんでもないということで、
近所の有志5人ばかりが集まって、
マンション建設反対運動を起こそうということになりました。
何しろ相手はマンション大手のD社ですから、容易な相手ではありません。
役員人事の相談など、反対運動の具体的な打ち合わせが一段落して、
相手側の切り崩し対策に話が移ったとき、
私はその場を和ませようと、つい冗談を口にしました。
「目の前に1億円も積まれたら、ぐらっとくるかもしれないなあ」
この冗談が思わぬ噂を呼ぶとは、このときはつゆほども知りませんでした。
それから間もなく、巷では、
「○○さん(私のこと)は、お金が欲しくて反対運動をしているのよ」
という噂が飛び交ってしまったわけです。
もちろん、私としてはこんな馬鹿馬鹿しい噂など無視しました。
しかし、「1億円」というあり得ない金額を示して、
「切り崩しには絶対に応じないぞ」
という意気込みを「逆説的」に表明したつもりでしたのに、
世間には通用しなかったのは意外でした。
その後、反対運動はさらに進んで、マンション業者と話し合うことになりました。
相手はその道のプロですから、我々素人など初めからのんでかかっています。
それでも住民たちは、
マンションの設計図を前にして、口々に建設反対の意見を述べました。
そのうちの一人のおじいさんが、
「自分の家のすぐ脇に高層マンションが聳え立ってしまったら、
家の中は真っ暗になります」
と訴えました。
それに対して、マンション側の設計担当者は冷たく言い放ちました。
「真っ暗になるなどということはあり得ません」
当たり前です。
誰もほんとうに真っ暗になるなんて思っていないのです。
部屋の中が「真っ暗になるくらい」の威圧感を感じますから、
「もっと離して建ててください」
と、口下手なおじいさんは一生懸命訴えているのです。
このような血も涙もない設計者が、耐震偽装マンションの設計図を描くのでしょう。
世間の会話には「誇張」があったり、「極論」があったり、
「逆説」があったり、「比喩」があったりして、
面白おかしく話は弾んでいくものです。
誇張や極論や逆説や比喩を使うと、もう話が通じなくなるようでは、
潤いのない「冷たい会話」の世界になってしまいます。
あれから15年経ちました。
日本人の「会話力」、「国語力」は、その後どうなっているでしょうか。
因みに、このマンション建設計画は、反対運動が功を奏して中止になりました。
※写真は、中山路に残る保存建物。
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