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2006年10月19日 | 2006年10月21日
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館陶路の旧朝鮮銀行跡をさらに大港のほうへ行くと、 旧大連汽船の建物跡がある。 大連汽船は1915年2月、 南満州鉄道(満鉄)の子会社として大連に設立された。 大連汽船の青島支社が設立されたのは1920年。 ※写真のビルは1927年建築、とある。 当時青島には、ほかに大阪商船、日本郵船があった。 大阪商船、日本郵船は日本と中国を結ぶ航路を受け持ち、 大連汽船は主に中国国内の連絡用航路として活躍した。 大連汽船は「海の満鉄」といわれるように、 上海―青島―大連の航路を中心に、 中国沿海都市を結ぶ航路を拡大していく。 これは、中国各地の欧州人を大連に運び、 シベリア鉄道につなげた南満州鉄道に誘致しようという狙いであった。 青島の大港には六つの埠頭を持つ外国船発着所があり、 大連汽船はその一つを専用埠頭として使うことができた。 青島の海運企業としては最大規模の一社であった。
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