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※写真は、1905年ドイツ建築私宅跡。その後日本人の若月病院跡。
中国で暮らしてみて、いちばん快適なのは、
「敬語」を使わなくてもいいということです。
人と会うとき、
いちいち言葉遣いを気にしなくてすむ、
ということはとても気が楽です。
先日青島に遊びに来た日本人女性が、
「中国人は初対面同士すぐ打ち解けることができるのね」
と驚いていました。
これも、
「敬語」という「言葉の壁がない」、
ということが大きな原因でしょう。
最近、日本国内で凄惨な事件が多発しているのも、
狭い国土で、
日本人同士「言葉の壁」に息が詰まっているからに違いありません。
閉塞感に打ちひしがれている日本人の姿が目に浮かんできます。
私の日本語教室では「敬語」は不要です。
自由に会話することを重視しています。
生徒も、
「ほかの日本人と話すときはとても緊張しますが、
先生(私のこと)と話すときは気楽に話すことができます。
最近、みんなから日本語が上手になったね、と言われます」
と、上達の早さを実感しています。
言葉遣いを気にしながら話をしていては、
日本語の会話は上手になりません。
「先生ごめん、今日残業で授業にいけません」
電話もメールも、友達同士のような気楽な会話で連絡し合っています。
3年ばかり前、私は足の骨折で日本の病院に三ヶ月ほど入院しました。
そのとき、日本に留学していた私の教え子が見舞いに来てくれました。
病室は6人部屋で、隣のベッドとくっついていますから、
私たち二人の会話は筒抜けです。
私たちは一時間ばかり小声で話し、留学生は帰っていきました。
隣のベッドには、糖尿病の患者と見舞いの奥さんがいました。
このご夫婦は、感に堪えないという風に私に言いました。
「若いのに、ずいぶん丁寧な言葉遣いをする人ですねえ」
「いやあ、そうですか? 彼女は中国人の留学生ですよ」
見舞いに来た留学生は特別な敬語を使って話していたわけではありません。
大学で習ったとおりの、「です」「ます」調でしゃべっていただけです。
つまり日本語は、「尊敬語」を殊更に使わなくても、
「丁寧語」だけで十分敬意を表すことができるということです。
日本語には特別な「尊敬語」など必要ないのです。
55年前の昭和27年(1952年)、
第一回国語審議会が開かれ、
「これからの敬語」
が、建議されました。
その「基本の方針」には、
1、これまでの敬語は、旧時代に発達したままで、必要以上に煩雑な点があった。
これからの敬語はその行きすぎをいましめ、誤用を正し、
できるだけ平明・簡素にありたいものである。
2、これまでの敬語は、主として上下関係に立って発達してきたが、
これからの敬語は、
各人の基本的人格を尊重する相互尊敬の上に立たなければならない。
と書かれてあります。
その後の「敬語」の状況はどうなっているでしょうか。
「敬語」の「偉い先生」が現れて、やたら敬語を複雑にしています。
以前にも書きましたが、
「目上の人に『ご苦労様でした』と言ってはいけない」
なども、そのひどい例です。
敬語を複雑にすればするほど、「敬語の本」が売れて、
「敬語の先生」は儲かるのです。
「敬語の先生」の殺し文句は、
「敬語は文化だ」
というひと言です。
「文化」という言葉に弱い日本人は、
このひと言で、たちまちひれ伏してしまいます。
「敬語」は文化などではありません。
もともと日本人は、職業や階層、地方ごとに、
それぞれ異なる言葉遣いをしていました。
明治になると華族制度が作られて、
上流社会が形成され、
ことばを差別化しました。
今の「敬語」といわれるものは、
それらの言葉を寄せ集めて、
無理やり統一したものに過ぎません。
だから、
居る、行く、来る、
が、すべて、
「いらっしゃる」
という一つの単語になり、原始的言語に逆戻りしてしまいました。
「おられる」、「行かれる」、「来られる」
という、多くの地方で使われていた豊かな表現が消えていきます。
繰り返しますが、
「敬語」は「文化」などではありません。
今こそ、国語審議会は初心に帰って
「敬語」の簡素化を提唱し、
日本語を国際語として、
世界中の人が使いやすい言語に近づけるべきです。
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