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「日本人がいた街、黄台路(二)」 実は、黄台路が再開発の対象になり、 近いうちに古い建物は取り壊されるらしい、 という情報があった。 しかし、それは杞憂だったようだ。 遼寧路(旧奉天路)から黄台路に入る道の右側が、 すでに壊されているが、 黄台路全体の建物を壊すわけではないそうだ。 今回は、 我が同窓会「羊会」のメンバーが住んでいた旧宅をご紹介する。 黄台路57号は、 菊池(旧姓横山)氏宅。 大きな建物で多世帯が入居しているらしい。 黄台路側から見ると2階だが、 隣の大連路から見ると3階になっている。 黄台路の通りからちょっと中に入っているためか、 外壁の塗り替えは行われていない。 残念ながら住人は留守で、中を見ることはできない。 黄台路48号は、 徳光氏の旧宅。 この家も留守で中に入ることはできなかった。 入り口ドアから階段が見えた。 仕方がないから家の周りを一周する。 黄台路44号、 西村氏の旧宅。 前回の記事で紹介した、 日本間をきれいに保存していた家の隣である。 2階に上がっていくと、 2世帯が住んでいて、 保存状態はあまりよくない。 1階の入り口もこんな状態だから、 内部の荒れた様子は見るまでもない。 黄台路42号、 善導寺というお寺で、本原氏の旧宅。 今は軍の幼稚園になっていて、 善導寺は跡形もない。 日曜日だからお休みで、中に入るすべもない。 このほかに、 黄台路67号に、 土橋氏旧宅と、 元キャノン会長・賀来龍三郎氏宅があったそうだが、 別の建物になっていて今は面影もない。 代わりに、 同行した李さんの祖父母さんが住んでいたという、 黄台路33号を訪ねた。 この建物の一階だそうだ。 小学生の男の子が一人で留守番をしていた。 入り口には例によって沓脱ぎがある。 李さんが子供の頃は段差が高すぎて上がるのに苦労したそうだ。 そのためか、コンクリートで階段状にしてある。 一つの入り口の中に3世帯が住んでいて、 廊下の一番奥の部屋が祖父母さんの部屋だったらしい。 どの家も、家の中まで入って写真を撮るのは難しい。 しかし、どの家も玄関に沓脱ぎがあり、 廊下や階段は木製である。 ドイツ建築を真似た建物の中に、 和式を取り入れ、 日本人好みの生活を楽しんでいた跡がこれを見てよくわかる。 (つづく) 次回も黄台路の建築物群を余すところなくご紹介したい。
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2007年10月23日
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