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「日本人がいた街、黄台路(三)」 旧ドイツの青島における「建築取締仮規則」には、 「建築ハ何レモ街、交通、堅牢及ビ耐火ノ要求ニ適スルモノ タラザルベカラズ。 建築物ノ外観ハ之ヲ建設スベキ当該市区ノ体裁ニ適応セシムベシ」 (「青島日本中学校校史」より) と書いてある。 つまり、木造建築は禁じられ、 周囲の景観を損なうような建築は許可されなかった。 日本が統治するようになってからも、 この法令が踏襲され、 一定水準以上の街並みが維持されたのである。 そのため、日本人の設計による建物も、 外観はドイツ様式が取り入れられ、 内部の部屋には畳を敷いて暮らすというのが一般的だった。 今回は、今に残る黄台路一帯の洋風建築の写真を ずらりと並べて、 みなさんにごご覧いただこうと思う。 この家は、門を入って階段を上がると立派な庭がある。 それぞれ、内部はいささかくたびれているが、 玄関には、いずれも沓脱ぎがあり、 板張りの廊下、階段が見える。 次回も引き続き、黄台路の洋風建築をご紹介しようと思う。 |
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2007年11月01日
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