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今回、新しいコーナーを設けました。
題して「K氏のエッセー・外国語を学ぶこと」です。
英語の堪能な私の友人K氏が、
外国語を学ぶ若い人たちのために、
縦横無尽に書きまくります。
どうぞご愛読ください。
※写真は青島市内のキリスト教会、(1910年ドイツ)
<外国語を学ぶこと(1)>
私の好きな歌手にナターリヤ・グジーさんがいます。彼女とは昨年と今年、二度お会いしました。
などと言うと親しい仲みたいですが、実はいずれも平和や反核の運動のなかでお呼びしたのです。
素晴らしい歌声に魅せられたのもたしかですが、10キロもあるバンドーラという大きな民族楽器を華奢な身体で運んできて演奏します。
彼女はとても美しい日本語を話されます。
彼女はウクライナのチェルノーブリの原発事故の被爆者です。
20歳の時日本に来られて2年ほど・・と思っていたのですが、
7年も滞在してしまったそうです。日本が気に入ったのでしょう。
私は演奏が終わってから、
昔、(職場の先輩)小林秀さんから教わったロシヤ語で
「スパシーボ ナターシャ オーチンハラショ」と言おうとしたけれど、
あまりにも彼女の日本語が上手なので、気後れして言えませんでした。
最近、日本語で本を出版されたそうです。
どうしてあのような美しい日本語を習得され、本まで翻訳でなく日本語で書けるようになったのでしょう。不思議です。
彼女のお父さんは発電所の職員だったので彼女の家は発電所の近くにありました。事故が起きても次の日もその次の日も何も変わったことはなかったのだそうです。空気も水もきれいだったし、空は青く森も緑が輝いていました。
三日目に突然すべてのものを残して移動するように命令されキエフに住むようになりました。
その時から彼女の故郷は二度と訪ねることのできない場所になってしまったのです。
彼女は言わなかったけれど私は彼女が携えている民族楽器パンドーラが
きっと彼女の故郷なのだなと思いました。
日本語を上手に話す外人タレントは沢山います。中には方言まで上手に話します。そして身も心も日本人になろうとしてとして一生懸命の人もいます。
その一生懸命さが私には悪いけれど滑稽に感じるときがあるのです。
その点ナターシャが着ている木綿のブラウスは自分できれいな刺繍をした、全部お母さんから教わった手作りの民族衣装です。
すっくと背を伸ばしてウクライナのうたを歌う彼女に、心を引き込まれるおもいでした。
最後に彼女に促されて日本語で「うさぎおいし、かのやま」の故郷を会場の全員で歌いました。
ああこの人はこうやって、遠く離れた国の人々の心と心をつないでいるのだなあとしみじみと感じました。
人が外国語を学ぶと言うことはそれぞれみんな目的があることだし、学び方もいろいろあって良いと思います。それは大切なことです。
工学、IT、など自然科学を研究する人は学術用語を憶えるだけで或る程度の仕事はできると思います。でも言葉を舐めて掛かることは出来ません。
言葉ほど奥が深く、底なし沼のようなものはなく、
それだけにそれが少しずつわかるようになると、
これは面白くて、面白くて仕方がなくなるようなものだと
わたしは考えています。
次回からは、その日その日、言語をテーマに思いついたことをブログ風に書いてみたいと思います。気が向いたら読んでください。
2007年6月21日
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