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10年前の「新疆旅行」 新疆を旅行したのは1996年の夏ですから、 正確には11年前になります。 天津のB大学にいるとき、 新疆出身の馬君がいました。 夏休みに彼が帰郷するとき一緒に連れて行ってもらったのです。 馬君は回族です。 新疆には、 いろいろな民族が住んでいます。 回族とウイグル族は同じ回教徒でありながら、 寺院は別々で、食べ物も違います。 市場に行くと、 回族の売り場とウイグル族の売り場は、 はっきりと分かれています。 回族の店で品定めをするときは、 馬君も店の人と親しげに声を掛け合い、能弁になります。 ところが、 ウイグル族やそのほかの民族の店で私が何か買おうとすると、 馬君は青くなって飛んできます。 ウルムチ郊外の 河のほとりにある公園で一休みしているとき、 近くにウイグル族の家族が遊んでいました。 私は写真を撮りたくて馬君に言いました。 「あのウイグル族家族の写真を撮りたいから、 頼んできてください」 すると、馬君は尻込みしながら、 「あの人たちは中国語ができないから」 とか何とか言い訳をして立ち上がろうとしません。 回族以外の人に出会うと、 途端に緊張する馬君の様子が面白くて、 私は無理矢理手を引いてウイグル族の前に連れて行きました。 幸い、ウイグル族家族の中に大学生の女性がいて、 馬君の中国語が通じました。 ウイグル族の子供たちは大喜びで、 カメラの前に並んでくれました。 馬君のお母さんは若いとき新疆に下放され、 そのまま新疆に居ついた人です。 料理も北京風です。 そのお母さんがウイグル族の家族を紹介してくれました。 小学校の校長先生をしているインテリで、 穏やかな人柄でした。 馬君もこの家族とは安心して付き合えるらしく、 部屋の中を歩き回っていました。 ウルムチからトルファンに行くことになりました。 「あそこはウイグル語ができないと困るから」 と、馬君のお父さんが わざわざウイグル語が話せる女性を紹介してくれました。 馬君も、運転手も、この女性も、 みんな馬姓です。 新疆の回族の95パーセント以上は馬姓だそうです。 トルファンには、 ウイグル族の祖先が住んでいた村落跡がありました。 もう崩壊寸前ですが、 泥の塊みたいな住居跡が部落を形づくっていました。 馬君の話によると、 馬君が子供のときは、 矢じりや、武器のかけらなどがあたりに散らばっていた、 ということです。 この頃のウイグル族はまだ仏教徒でした。 部落跡のはずれに、 洞窟が並んでいて、 その中に仏教壁画が描かれています。 ウイグル族がイスラム教に改宗してから、 壁画は傷つけられましたが、 わずかに面影が残っています。 孫悟空が妖怪と闘った火焔山も近くにあります。 孫悟空が突然空から現れても不思議ではない新疆でした。 10年前の新疆はまだ道路事情が悪く、 車の移動は大ごとでしたが、 今はきっと道路も整備され、 快適な旅ができるでしょう。 もう一度行ってみたい新疆です。
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