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光畑京子の「終戦日記」(三) 【4月8日 日曜日】 この頃お父さんは、毎晩毎晩庭に出て行っては、 詩吟を唄っていますので、 お父さんに、どうしてそんなに詩吟をするのと、栄子が聞くと、 一つは、お腹が丈夫になるから、 いま一つは、ラジオに出る、とまじめに言うので 何だかおかしくなって、 「ふぅー」と吹き出すと、 そばにいた皆もいっしょ笑いだしました。 そして私が「芸名は?」と聞くと、 “詩吟をする人” と言うので、あまりおかしくなって、 皆もどっと笑いくずれました。 【4月9日 月曜日】 夕方から防空演習が行われました。 私もお母さんや、一年の渡辺さんもいっしょにお手伝いをしました。 やさしいと考えていたバケツリレーも なかなかむずかしいのにはおどろいた。 これからはもっともっと空の守りが大切になるのだから 自分から進んでお手伝いをしよう。 【4月10日 火曜日】 今日、3組に新入生の人が入って来た。 西洋人形のようにかわいいので、 3年や4年の人が見に来て、 おしろいをつけているとか、口紅をつけているとかいって、 その人の周りをとりかこんで見ているので、 何だかかわいそうになって、 中島さん、三宅さん、浅野さん、天野さん、星野さん、中尾さん達といっしょに、 鬼ごっこをして遊びました。 ↑青島高女運動場:昭和19年卒業アルバムより。 【4月11日 水曜日】 今日、中間体操の時に、公文先生が、 中間体操はただ手と足を動かしているだけでは何もならない。 中間体操の目的は、 一つ、整列整頓を正しくする事。 二つ、今まで軍服をしていたのだから、 体を弱くなりやすいからそれを回復する事。 と、大事な目的をおっしゃいましたから、 明日からりっぱな体操を行うことにした。 【4月12日 木曜日】 朝礼の時に、大森先生から、 この頃、皆は釦とか糸を無駄にしすぎるから、 もうすこし注意するようにとおっしゃった。 私もまったくそうだと思った。 そして釦など机の下等にいっぱい落ちている。 糸でももつれたりしたら 糸くずにしてしまうような事をやってきたのである。 本当に悪い事だと思った。
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2008年06月23日
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