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光畑京子の「終戦日記」(四) 昭和20年(1945年) 【4月13日 金曜日】 今朝、学校の行きがけに 青島神社の前の広場の桜の木が2本並んでいる。 ふと何の気なしに見ると、 もうちらほらと咲き出しているのにはたいへん驚いた。 今朝はきっと私が一番先に見つけたのだろうと思ったら、 何だか早くついて皆に知らせてあげたいような気がして、 大発見の嬉しさと、 私が待ちに待った桜の咲いた喜びとで、 胸がわくわくしているのを感じた。 そしてたまらなくなって駆け出してしまった。 教室に入るとたんに、 「神社の広場の桜が咲いていたでしょ」 と言われたので、 何だかさっきの大発見も水の泡となってしまったかと思うと がっかりしてしまった。 でもすぐ元気を出して、 「ええ」 と答えた。 そして大発見などと思ったかと思うと おかしくなってしまった。 ↑旧青島神社の春:年代不詳。 桜の若木から見てだいぶ古い写真と思われる。 【4月14日 土曜日】 今朝も神社の桜を楽しみにしながら家を出る。 とても暖かい日なので桜の花弁も 昨日よりはほころびている。 ほんとうに春がやって来たことが桜の事でわかったような気もする。 正門の芝生も若芽がもえあがっている。 しかし考えてみれば、 世界に住んでいるありとあらゆる生物は, ことごとく春を楽しみに 今までの長い長い寒い冬を我慢して来たのである。 私達も冬の間は北の兵隊さんの事を思って 何事もやり抜いてきたのである。 私は四季のうちで一番春が好きだ。 どうして春はこうも人々の心を明るくするのであろう。 私も桜のように心を朗らかにし、 かわいい頬をしてニコニコ笑っている子供たちの顔を 高いところから眺めていたいものである。 こんな事を考えただけでも浮き浮きとした喜びが 胸いっぱいにあふれて来る。
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2008年06月29日
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