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光畑京子の「終戦日記」(六)
(招魂祭と天長節)
昭和20年(1945年)
【4月23日 月曜日】
文法の時間に先生が、
どうして私達は国語を学ぶかという事を
教えてくださった。
私達はしっかりと国語を学んで遠い祖先のことを知り、
そして祖先の日本精神に劣らぬ強い日本精神を作り、
国家のために益々つくさねばならぬ、
そして日本精神を私達の子孫につたえる事である。
私達はけっして昔の人の日本精神とひとつも変わっていないと思う。
みたみわれ 生けるしるしあり
あめつちの さかゆる時に あへらく思へば
昔より今の昭和の御代の方がふさわしいような気がする。
【4月24日 火曜日】
今日は久しぶり、内地からお手紙が来る。
内地外地でおたがいにがんばりましょう、
と書いてあった。
私もほんとうにそうだと思った。
【4月25日 水曜日】
今日の晩の放送で招魂祭がおこなわれた。
御国のために名誉の戦死をなされた方の御魂を
靖国神社に迎えるのであります。
幽寂な音が、あの大きな靖国の大鳥居や参道で宮井にこだましている様子や、
のりとをあげている神主の姿などが目の前に見えるような気がして、
何と言ってよいかわからぬような神々しい感じを与えられました。
そして自ら目頭の熱くなるのを感じた。
【4月26日 木曜日 晴れ】
木幡さんが明日から学校をおやめになるそうだ。
何だか寂しくなったような気がする。
作文の時間に中林先生が軍艦見学の話をしてくださる。
※写真1は、青島高女遠足風景:昭和19年卒業記念アルバムより。
【4月27日 金曜日】
先生がお休みなったので被服の時間が勤労になる。
渡部さんと星野さんは小説や絵を描いて遊んでいた。
この間、先生から小説は持ってきてはいけないと言われていたのに
本当に悪い事だと思った。
【4月28日 土曜日】
今日終礼の時に明日の海洋学徒隊の訓練入団式についてお話になる。
何だか聞いていても胸がわくわくしてきて、
うれしいやら、こんな事が出来るかと思う不安でいっぱいになる。
でも何となく明日を待ちわび、心が躍ってくる。
【4月29日 日曜日】
無事に今日、天長節を迎えました。
今年は去年と違って少し曇って、風がある。
講堂に入っておごそかに式を終わりました。
午後からは海洋隊の入団式です。
経理部にいって記章を受け取りさっそく胸につけると、
何だか緊張した気持ちになって、
帽子や服装をなおす。
そして再び整列して、
今度は司令部に向かって行きました。
そして司令官からは、
後程から行われる訓練は遊び半分でなくして
一生懸命に行うようにと注意があった。
(軍艦旗が)司令部の門前に立派に掲げられ、
海風のために翩翻と翻っていた。
※写真2は青島の忠魂碑:現在の中山公園に忠魂碑跡があります。
【4月30日 月曜日】
今日は久しぶりに雨が降った。
でも今日は招魂祭である。
本校では雨の中をついて、ぬかるみや水たまり等を通って、
忠魂碑に行き、拝礼を済ませる。
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