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光畑京子の「終戦日記」(八) <引越しのお手伝い> 昭和20年1945年 【5月11日 金曜日】 今日と明日と軍服作業である。 今日は皆が全力をあげて行ったために 1080枚仕上げた。 私達は一生懸命にやればできぬことはないのであるから、 これからは倍以上も頑張りましょう。 ▼5月12、13両日、病気のため書きませんでした。 【5月14日 月曜日】 放課後、鈴木さん、高田さんと3人できれいに掃除をして帰る。 そして教卓の中を整頓する。 この頃、教室をお掃除する人はどうしてなまけるのだろうと、 時々思うことがある。 でも私はいつも鈴木さんと二人で、 しない人はしなくてよいと言って二人でする。 早くみんなが働くようになってくれればいいなあと思う、 【5月15日 火曜日】 国旗掲揚が行なわれる。 朝の気持ちがよい時にあの美しい日の丸が 松の間から上がる時は何とも言えない気持ちになる。 本当に日本人に生まれてよかったと思う。 【5月16日 水曜日】 千葉さんお家の人が越していらっしゃる。 夜、山田さんのおばさんが朝鮮に疎開なさるので、 小さな別れの会を開いて楽しくお別れをしました。 こうして一人二人といらっしゃってしまったら、 本当にこの隣組もさびしくなってしまうことでしょう。 【5月17日 木曜日】 今日、またこの間の病気がおきて、 明日の漢文を調べてすぐ寝る。 【5月18日 金曜日】 昨日予習した甲斐があって、 今日の試験は大体出来ました。 【5月19日 土曜日】 午後から高井先生のお家の引越しの手伝いに行く。 淄川路から徳平路の家までは相当の道のりです。 でも私は1年の日下さんと、2年の加茂さんと一緒に運びました。 専攻科の人もお手伝いに来ていました。 6時近くになってから帰る。 良い事をした後はとても気持ちがよい。 霧の深い、そしてアカシアの緑に両側が彩られている奉天路を 私は黙々として家に帰りました。 ↑旧奉天路(現遼寧路) 【5月20日 日曜日】 今日も昨日と同様に午前中だけ 高井先生の家に手伝いに行く。 午後から地理・物象を整理する。
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2008年07月29日
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