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捕鯨船団、南氷洋を行く(一) <(1)暴風圏を通過> ↑南氷洋の風景 南氷洋(南極海)の海域は何処から何処までという定説なるものはない。 赤道以南の夏時期氷山が流れている海域、 または南緯60度から南極大陸までの間の海域を一般的に言っているようである。 昭和30年代は各国捕鯨船が大活躍した時代であった。 日本からは大洋漁業の2船団、日水2船団、極洋捕鯨2船団、他1船団、 と母船式捕鯨船団7船団が参加、まさしく捕鯨オリンピックといった様相で 鯨の獲得競争(全体の漁獲頭数は白ながす換算で何頭と国際捕鯨条約で定められていた) が行われ、 その頭数に達するまでは外国の船団を含め各船団競争して捕獲を争ったものである。 大洋漁業下関支社所属の大型トロール船(750トン型)が 探鯨船(鯨の探索)として捕鯨母船に所属させ使用されていた。 昭和35年10月、私が乗船していた750トン型トロール船に対し 捕鯨母船第2日新丸付き探鯨船として南氷洋に出港せよと社命がおりた。 今まで例年捕鯨に参加していたので準備万端整え 探鯨に従事する捕鯨部の乗組み員3人も乗船、 10月下旬南氷洋向け下関を出港。 ↑航海図。 グアム島→カロリン諸島→(赤道通過)ソロモン海→ コーラルシーを南下燃料補給の為シドニー港に入港した。 約4900海里(8330キロ)船速11ノットとすると シドニーまで(488キロ/日)17日掛った事になる。 給油と乗組員休養の為1日停泊した。 見物も港付近のみ、早朝次の目的地ニュージランド北島 オークランド島の西側海域のトロール魚場に向かった。 理由は船腹が殆ど空だったのでこれから向う暴風圏を無事通過する為、 どうしても漁獲物を以って船の重心を下げ、 船の安定を図らなければならない事と、 乗組員の食料を之によって得る為に必要だったのである。 南氷洋には12月初め頃到着する予定だったので、 それに間に合うまで目いっぱいの操業となった。 オークランドから南氷洋指定位置まで約1300海里(2408キロ) 暴風圏横断約1500キロ、 船速は半減6〜5ノットとすると暴風圏通過には6日位掛ることになる。 従って余裕を見て予定位置までオークランドからの出発は逆算して決定された。 船倉には母船への土産品を含め乗組員の食料は10日間の操業で約160トン、 20キロケースで8000ケース(冷凍品)程確保できた。 ↑暴風圏を航海する船。 さあ指定点まで一路南下、 間もなく達する暴風圏の穏やかなることを念じなから出発した。 航行2日後暴風圏内に突入、 北西の風速20〜25メートルの風と 波高5メートルもあろうかと思われるうねりの直撃に晒される事になった。 台風の中に突っ込んだような情況になり船は木の葉のよぅに 縦揺れ(ピッチング)横揺れ(ローリング)と揺れて 船内で立っているのも容易でなく、船の舵取りも難しくなったが、 2日程の頑張りでやっと収まり、 それでもかなり荒れた状態ではあったがやっと落ち着いた航海に戻った。 こんな危険な航行は船乗りになって始めての経験、 貴重な体験となったが、もう二度と体験したくないものの一つであった。 (「捕鯨船団、南氷洋を行く」は、さらに続きます)
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2008年10月01日
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