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捕鯨船団南氷洋行く(2)戦慄!捕鯨砲発射の瞬間 ↑穏やかな南氷洋 ↑鯨を探索中のキャッチャーボート <戦慄!捕鯨砲発射の瞬間> 予定通り10日ばかりの航海で予定地点に到着、 早速母船からの指示により鯨の探索の仕事に入った。 此処まで来る途中何回か鯨の姿を見ていたので、 それも母船に報告していたようだ。 すべて母船との無線連絡は 日毎に変わる暗号によってなされていると通信長から聞いていた。 秘密厳守、これも情報が他社にもれるのを防止する為である。 捕鯨海域南緯60度以南は暴風圏とうって変わって べた凪と言っていいほどおだやかな海域で、 南の方には大陸から離れた氷山がちらほら見えたり、 航行する近くには小さく割れた氷が浮いているのが見られた。 近くに浮いていた大きな氷のうえにはペンギンが群れており、 こちらの船をうさんくさそうに見ている姿も見られ、 「本当に南氷洋に来たな」という感じになったものである。 ↑氷山の上のペンギンの群れ 探鯨の仕事は船の前方にあるメインマストの上に 3人ぐらい乗れる頑丈な篭が取り付けられていて、 その中に3時間交代で鯨探索の仕事に従事。 南氷洋は夏時期とはいっても、日中は暖かくても10度、 普通5度前後の温度である。 篭の中は寒いので電気ストーブ、懐炉で体を暖めている。 楽しみもあって餅等もちこみ電気ストーブの上で焼いて食べたり、 コーヒーなど温めて飲んだり結構楽しく仕事をする事が出来た。 ↑キャッチャーボート 海上から篭までの高さは14〜15メーター位あり、 横揺れで篭の位置が海上に出るような時は余り良い気持ちではなかった。 母船からはしばしば探鯨の場所の変更が伝えられ、 その都度移動したが鯨はひげ鯨科の鯨(ながす鯨)が殆どで、 広く数多く生息し移動していた。 ↑遊泳中のナガスクジラ 夜探鯨の仕事は休み、天気の良い澄んだ夜など天空に現れるオーロラは、 風に揺れるカーテンのようで 色も北洋で見られた青一色のものと違って赤、黄、青と混じっていて、 こんなに美しいものかと思うほど素晴らしいものであった。 自然界の不思議さを心から感じた時間でもあり、 オーロラを見る機会は引揚げまでに3回ほどあった。 ↑南氷洋のオーロラ 探鯨の仕事について10日目、 母船に接舷、ニュージランドで獲った魚を土産に3000ケース程プレゼントした。 お礼にと鯨の生肉を沢山頂いた。 少なくなっていた飲み水の補給を受け、 又所属のオイルタンカー船から燃料の補給も受けた。 タンカー船にも魚をあげたが、変わった物が食べられると大変喜ばれたものである。 キャッチャーボートが鯨を追尾し大砲でしとめる場面をこの目前間近に見たが、 その迫力には戦慄さえ覚えるほどのものであった。 ↑捕鯨砲発射の瞬間! ↑クジラを捕鯨母船まで曳航 探鯨の仕事を3月中頃まで続けてやっと開放される時がきた。 帰国時は冷凍された鯨肉400トン船倉に積み込んで帰途に就く事になった。 帰りのコースは来た時の反対のコースをたどっての航海であったが、 暴風圏も祝福してくれていたのか、 珍しくおとなしく通してくれ本当に有りがたかった。 ↑捕鯨母船でのクジラの解体作業 船腹は鯨肉で満船状態、 喫水も深く波に対しても大きく揺れず安定して航走を続ける事ができた。 南氷洋を離れてから約1ヶ月、 予定されていた四国の三津が浜港(現在の松山港)に4月中旬入港し3日停泊、 まるはの新しく建造された松山冷蔵庫の初入庫品として庫入れされた。 4月松山は丁度さくらの満開時期とあいまって 入港時期としては最も良い時期となった。 荷揚げ終了後基地下関に帰港、家族と半年振りに会う事が出来た。 その後、船の修理と休養で約1ヶ月の休暇をとる事ができた。 [「捕鯨船団南氷洋を行く」終り] ↑シロナガスクジラの大きなチンチン。 これは先っぽで体内にはもっと太いのが隠れています。 ※参考「捕鯨母船団の組織」 以下のように大世帯である。 母船:(2万トン級)1隻 船団長が乗船、船団の指揮とる。 母船は捕獲された鯨の解体、鯨油、ミールの製造を受持つ。 冷凍船:1隻、母船で仕分けた鯨肉を小船より受取り冷凍する。 塩造船:1隻、塩蔵すべき肉、皮部分、畝須等を受け持つ。 キャッチャーボート:5〜6隻 鯨曳航船:2隻(古い型のキャッチャーボート使用) 其の他:オイルタンカー、大型製品運搬船等参加。 ※南氷洋で捕獲された主なくじらの種類(平均の長さと重さ) シロナガスクジラ 26m 125トン ナガスクジラ 24m 70トン イワシクジラ 14m 18トン ミンククジラ 9m 9トン ミナミセミクジラ 18m 80トン ザトウクジラ 15m 40トン (以上ヒゲクジラの仲間)
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2008年10月07日
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