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霧の中から(序曲) <この記事は「魚山」(青島中学第25期生同窓会誌) 第16号(1997年6月)から転載させていただきました。 「青島の思い出話」序曲です。どうぞご覧下さい。> 「霧の中から」 井上 睦三 (序曲) 女性ホルモンを抱け 七十を過ぎたこの頃、体力の衰えを感ずる。 少し重たい物を押したり、引っ張ったりしても息切れがするようになった。 無理をしてヨッコラショと担いだりすると、 ギックリ腰になって悲鳴を上げる始末である。 こんなことは、年をとれば仕方がないことかも知れない。 然し頭脳の減退には、いささかがっかりしてしまう。 コンピュータとかインターネットとかカタカナの新語の解釈に行き詰まり、 さっぱり分からなくなって投げ出してしまう。 こんなことは若い者に任しとく方が良いのかも知れないが・・・。 然し日常茶飯事のことで度忘れし、 アレはどこに仕舞ったのか、アレは何と言うのだったかと迷ったり、 スーパーの買い物を頼まれて 品物を物色している内に一つや二つ忘れてしもうて、 オクサンの失笑を買い我ながらおかしくなり苦笑してしまう。 また健忘性かな、いや痴呆症の兆しかなと不安に駆られるのである。 ↑第二海水浴場から見た日の出(2005年)。 ※写真は記事の内容と関係ありません。 これからの日本の人口は、何故だか出生率が低下し年々年寄りが増えるそうだ。 西暦2000年になり出すと、老人は4人に一人から3人に一人になるとか。 近頃新聞やテレビを見るとアチコチに老人の健康について報じられている。 この前、みの・もんた司会の、昼の「思いっきりテレビ」を見ていると、 頭脳の若返りには女性ホルモンを増やせば良いと言っていた。 その女性ホルモンを増やすには、 何時も若い時の楽しかったことを思い出せば良い、 とゲスト出演の医学博士が解説していた。 なんと男性にも、ちょびっと女性ホルモンがあるんですぞ! それ以来、女性が男より長生きしている事実はコレだなと合点し、 信じ易い私は若い時のことをしきりに思い出すことに勤め、 女性ホルモンを取り込み、増殖し、脳の活性化に励むことにした。 若い頃を思い起こし、年代を遡って ページをめくるように10年、20年と繰り上げても、 あまり楽しい愉快なことは浮かんで来ない。 むしろ会社の資金繰りに苦心して、 明日の手形をどうして落とそうとか、 どうやって注文を取ろうとか、 なんとかして納期に間に合わせんといかんと焦ったり、 厄介な人事問題に悩んだこと等々・・・で、嫌になってしまう。 とうとう二十歳代の青春時代まで遡行しても、 敗戦、引き揚げ、空腹、闇米、物々交換、闇市、貧困、 進学断念、就職、尼崎、煤煙、ジェーン台風、倒産、失業、 挙げ句の果てには失恋を味わった思い出など、 私には暗くて冷たい、まるで霧の中を彷徨う青春時代であったように思う。 ↑第一海水浴場(忠の海)の夕日(2005年)。 然し、それから先の十代の少年時代では、 パッと晴れた明るい光景が脳裏一杯に拡がっていく。 それは霧の中から“青島”が浮かんできたのだ。 懐かしの青島、青い海、忠の海の白浜、アカシヤの緑、 赤い屋根、トンガリ帽子のカトリック教会、迎賓館、 ガッガッとそびえる信号山等々・・・に女性ホルモンが発散し、 優しく微笑み、私に静かに手を差し伸べ、舞踏への勧誘を促し、 私を、そっと抱きしめて紺碧の大空に輪を描きながら 天女のように舞い上がって行く。 ↑青島迎賓館(2005年)。 この頃夜中によくトイレに通うようになった。 用を足した後中々寝付かれない時がある。 そんな時は、床の中でうつらうつらと青島時代を思い出したら、 何となくルンルンの気持ちになって、何時しか夢路を辿る今日この頃である。 「Boys、be Ambitious !」は諦めて、 「老年よ。女性ホルモンを抱け!」である。 (つづく)
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2008年12月21日
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