|
第19章 シェパードの「サーツ」 小学2、3年の私が一人で中国人街を歩けるぐらいだから治安はそう悪くはなかった。 しかし盗難事件はあったようで我が家も犬を飼うことになった。 シェパードである。一歳半位でもう大人の体になっていた。 名前は「サーツ」、雌犬で姿も顔もいい。 家族みんなが気に入ったが、私がいちばん可愛がった。 粟飯に肉の少しついた骨とそのスープをかけ、洗面器に入れて犬小屋に持っていく。 ↑愛犬サーツ。筆者が抱いている黒い子犬は「いい犬だ」と言われたのだが・・・ 学校から帰ると必ず散歩に連れ出した。 青島神社とその周辺が犬の運動場である。 私だけでなく中国人の親父さん達も自慢の名犬を連れて集まって来る。 サーツを見ると皆が「いい犬だ」と誉めた。 気分は悪くなかったが、大きな犬に囲まれたサーツが 尻尾を巻いて逃げたそうにしているのが気に入らなかった。 もっと毅然として欲しかったのだが無理だったようだ。 乙女の身で屈強な男に取り囲まれては、体を守ろうとするのは当然だろう。 ↑旧青島神社境内。愛犬サーツを連れて走り回ったところだ。 やがて私のサーツが何者かに犯された。子供が生まれたのである。 外出するときは必ずついている私の目の前では、 その原因になる行為はしていなかった。 犬小屋はコの字型になっている間取りの家の開いた部分に、 高くて頑丈な金網を張って作ったもので、 人が戸を開けないかぎり犬は出入出来ない。不思議だった。 最初に生まれたのは一匹だった。父はこれはいい犬だね、といった。 親子二匹を散歩に連れていると、評判になったのだろう、 近所の中国人が譲ってもらえないかと言ってきた。 私は渡したくなかったが、父はOKした。 そして一年後にまた生まれた。今度は6匹である。 これは駄犬だねえ、と父は言った。 そんなことは関係なく子犬は可愛かった。 私は犬小屋にもぐり込んで、オッパイに吸い付いている子犬を撫でてやった。 親のサーツも喜んで狭い我が家にご主人様の居場所をつくろうと、 小屋の隅に身を寄せて嬉しそうだ。 そんな蜜月状態も一カ月ぐらいで終わった。 ↑旧青島神社の大鳥居 ある日学校から帰ると子犬が一匹もいない。 「どうしたの」と母に聞くと 「うちでは飼いきれないし、貰う人もいないから、 可哀相だけどボーイに捨てさせた」という。 ボーイに聞くと首を振って教えてくれない。 それならば、と私はサーツを犬小屋から出した。 親なら臭いで探せるだろうと思って連れて歩いた。 サーツは門の外には出て行かなかった。 庭の隅の小さな畑の周りをうろうろしている。畑には掘り返した跡があった。 “ここだ”と私は手で掘った。6匹のうち3匹を救出出来た。 「もう絶対そんな残酷なことしないでよ」と母に念を押した。 だが、それで一件落着とはいかなかった。 親犬のサーツにダニが無数についたのだ。 耳や指の間の柔らかい部分には気持ち悪いほど隙間なくびっしりついている。 私がいくら手で取っても、ダニ取り粉を振っても効かなかった。 体力も弱ってきたようだ。 それに気が立って、同じ敷地にいる父の同僚を噛んでしまった。 子育てで神経質になっていたからだと思う。 それやこれやで、 「サーツはもう家では飼えない。立派な施設に入れて、治してもらう」 と父が決定を下した。 3匹の子犬もそこで引き取ってもらう、という約束で私も諦めざるを得なかった。 その犬の施設には、私が3匹の子犬を入れた箱を抱き、 サーツと一緒に洋車(やんちょ・人力車)に乗って行った。 施設というのは軍用犬を訓練している人の家だった。 それから半年後位に父が「サーツが立派になったよ、見に来るかい」と言う。 総領事館の庭に訓練した人が連れて来てくれた。 毛並みにつやが出てすっかり元気になったサーツは私を覚えていて、 尻尾を振りながら体をなすりつけてきた。 ↑日本総領事館跡:2007年写す 訓練の成果を見せてもらった。 ハンカチや手袋等の臭いをかがせて、 サーツには見えないようにして広い総領事館の庭の石の影に隠す。 「取って来い」と命令すると、 隠しに行った人の足跡を地面の臭いを嗅ぎながらたどって探し出し、くわえて帰る。 また180センチはある高い総領事館の木製の門を指差して「跳べ」と命令すると、 助走してきて後ろ足のバネをきかせて跳び上がり、前足を門にかけてよじ登る。 硬い木で出来た門に爪は立たないが、確かによじ登った。 それを見てアッとひらめいた。何故、犬小屋にいたサーツは妊娠したのか。 夜、恋人が来ると、サーツかその恋人が金網を跳び越えて思いを達していたのだ。 サーツは私が命令しても同じことをやってくれた。 やはり手放した方が良かったのだろう。 その後の消息を聞くと、訓練所で犬の先生になった、ということだった。 犬の世界の秀才だったことは間違いないようだ。 ↑日本総領事館跡は現在ホテルになっている。2007年写す。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2008年05月11日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]




