|
日本人が住んでいた家探訪(龍山路17号) ↑龍山路17号甲。中島道子さん旧宅。 戦前、青島の日本人がどんなところに住んでいたのか、 どんな暮らしをしていたのか。 それを紹介するのが、私のブログのこれからのテーマです。 これまでにも何軒か探訪し、ご紹介しましたが、 今回は、中国語も英語も堪能なM田さんとコンビを組んでの初仕事です。 まずは、龍山路17号中島道子さんの旧宅探訪の報告です。 そこは信号山の麓、迎賓館がすぐそばに見える静かな住宅街。 ところが困ったことに龍山路17号には建物が2軒ありました。 1軒はただの17号、もう1軒は17号の甲です。 ↑龍山路17号。こちらの家の中に入りました。 どちらか迷いながら、とりあえず写真を撮っていますと、 17号の家に住んでいるおばさんが買い物から帰ってきました。 すかさずM田さんが後を追います。 訪問者が美人のM田さんと、ロートルの私ですから先方も警戒しません。 難なく家の中に入れてもらいました。 龍口路側の玄関から入るとそこは2階になっています。 1900年代の初めごろに建てられたもので、 一階には大家さんが住んでいたそうです。 庭の前にもう一軒平屋の家があり、そこには使用人が住んでいたとのこと。 こういう話はM田さんが通訳してくれますのでありがたいことです。 ↑龍山路17号の玄関内部。 おばさんは気さくにアルバムを持ち出して見せてくれます。 おばさんは若い頃はなかなかの美人で、 まだ小さい女の子と一緒に撮った写真がたくさんあります。 その女の子はもう成長して子供もいるそうです。 娘さんは街の中心の香港路の近くに住んでいるのですが、 おばさんは、 「ここが一番いい、景色もいいし、環境がとてもいい。 一生ここから離れたくない」 と、ここの生活に満足しています。 ↑龍山路17号の家の中。 M田さんは、廊下の扉のうしろに隠れているはしごに興味を持ったようです。 聞くと、屋根裏の部屋に昇るためのはしごだそうです。 M田さんは早速よじ登りました。 上半身を屋根裏に入れてしばらく写真を撮っていましたが、 「とてもいい眺めでしたよ」 と言いながら下りてきました。 屋根裏には窓があって市内の景色がよく見えたそうです。 でも、長い間誰も昇ったことがないという屋根裏部屋ですから、 M田さんはほこりだらけになっていました。 M田さんとおばさんはすっかり打ち解けて、 その後も話は尽きませんでしたがまたの再会を約束して辞しました。 残念なことに、 後日、中島道子さんに問い合わせましたところ、 中島道子さんは、 「17号が2軒あったとは知らなかった。 我が家は甲のほうだと思います」 ということで、私たちが訪問した家は中島宅ではなかったようです。 でも、気さくで気のいいおばさんと出会えたことで、 私たち探索隊は大満足で次の探訪に向かいました。 ↑龍山路17号甲。道路側正面から。 ↑龍山路17号甲の入り口。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2009年04月27日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]




