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霧の中から(完)「ロスよ、さらば(二)」 <この記事は、 青島日本中学校第25期生同窓会誌(魚山) 第19号、平成10年(1998年)5月号より転載させていただきました> ◆ 霧の中から(終曲) ロスよ さらば(2) 井上睦三 ロスは、もう私が構ってくれないので寂しそうだった。 夜は排便を庭の隅でするので門を閉めると放すことにしていた。 ある月夜、ロスは狼の遠吠えのように月に向かって吠えた。 明くる日、ロスの姿は見えず門は閉まったままなので 不思議な思いをしながら登校した。 放課後帰って見るとロスは犬小屋で寝そべっていた。 少しやつれた様に見えた。 こんなことが数日続いたので、 試しに昼間紐を解いて門の外からロスを呼んでみた。 ロスは暫く垣根に沿って走り回っていたが、 私が門を開けないと判断すると、少し後ずさりして勢いを付けると、 サッと2メートル近い高さの垣根を掻き上がるようにして 飛び越えてしまった。 原因の一つが分かったので、 ロスと呼んで繋ごうとするとロスは隙を見て逃げてしまい、 なかなか捕らえられない。 しばらく叱ったり、宥めたりしたが素直にならないので腹がたってしまった。 やがてロスは一途に走り出し、町角で姿が見えなくなってしまった。 そしてその日は帰らなかった。 ↑金口一路から小魚山を望む(2007年)。 明くる朝になっても帰っていない。 その日は日曜だったのでロスが姿を消した所から口笛を吹いて探し歩いた。 ある路地がどうも気になり、奥まで進み行き止まりの家の近くまで行くと、 キャンキャンと甲高い犬の声に混じって、 聞き慣れたロスの声がしたので大声で ロス! と呼んでみた。 すると、戸が開くや小型のスピッツとロスが勢いよく飛び出してきて吠えた。 私はコラ!主人に向かって何事かと怒鳴った。 初めてロスは気が付き、 照れくさそうに尻尾を振り振りうずくまってしまった。 私はロスの首輪を掴みポカポカと叩いた。 すると家の中から派手な洋装の若い女性が出てきて、 「まあ−、お宅の大でしたの、 私の所のペペちゃんと仲良しになって嬉しそうにしていたのよ」 と言った。 30キロもあるシェパードが、 こんな小型のスピッツとなんて相性が合うのかと不思議でしょうがなかった。 犬でも恋には大小の隔たりはないのだろう。 そう言えば、あの女性にも確か後日、 白髪の船員帽をかぶった人があの路地を通っていたのを見た。 ・・・おそらく二号さんに違いない。 ↑莱陽路。この丘の上のほうに金口一路がある(2005年)。 ■ ■ そんな事があったので、もう夜でも放さないことにした。 とある日、 いつもと違う中国人のご用聞きが、 門を開けて勝手口に入ろうとロスが寝そべっている犬小屋の前を通り過ぎた時、 ロスがガバッとこのご用聞きの脚に噛みついてしまった。 中国人は悲鳴を上げて逃げ帰り、 しばらくすると脚にぐるぐる包帯を巻いて現れ、 治療代を呉れと文句を言い出したのには困ってしまった。 ある時、庭で放してやると、 嬉しいのか、はしゃいで走り回り、 フレーム(温床)の上を飛び越えようとして飛び損ね、 ガラスをバリバリと数枚割ってしまい、中の植木も折ってしまった。 新聞に軍用犬育成のため、犬の献納運動が報じられ、愛国心が私を動かした。 ついに私はロスを献納することを決心した。 手続きをすると、大湛山の訓練所から訓練士がやって来て、 ロスが生後4年も経っていると知って、 軍犬として訓練するのには遅すぎると思案していたが、 体格が良いので種犬に役立てます、 と言って小型トラックに載せて行ってしまった。 しばらくは私は寂しくて後悔ばかりしていた。 ↑金口一路から莱陽路へ出る階段(2007年)。 ■ ■ それから2ケ月経った頃の早朝、 門の付近からロスの声が頻りにするので、 私はベッドから飛び起き窓から覗いて見ると 正しくロスだったのでびっくりした。 急いで出てみると、 なんとロスより一回り小さいシェバード犬も一緒にいたので、 尚更驚いてしまった。 ロスは酷く痩せていて、腹がペコンと引っ込んでしまっていた。 かなりの距離を走って来たのだろう、 ハアハアと息づかいが荒く長い舌を出していた。 急いで水を飲ませ、休ませた。 もう1匹は雌だった。 初め少し警戒していたが、ロスがする通りに真似をし、 やがてロスに寄り添うようにして休んでいた。 それから食事の用意をしてやると2匹はガッガッと食べてしまった。 登校の時間がくるのも忘れて世話していたが、 気が付いて大急ぎで学校に行くと完全に遅刻してしまった。 しかもその日は8日で大詔奉戴日だったので、神社参拝もスッポカし、 その上遅刻の罰が加わり、大目玉を食らい、 とうとう廊下に立たされてしまった。 長い廊下の各組の入り口には大体3、4入が立だされていたが、 お互いに照れくさそうにしていた。 ↑青島中学朝礼風景(昭和19年) ■ ■ 犬のことが気になり、放課後大急ぎで帰宅すると、訓練士が尋ねて来た。 訓練士はロスは4歳の成犬なので初めは訓練は難しいかと思ったが、 中々賢くて色々と覚え、あとは攻撃を覚えると立派な軍用犬になります、 と言ってくれたので、献納したことに誇りを感じると同時に、 内心仕舞ったと惜しんだことだった。 それにしても、2月前にトラックで連れて行かれたにも拘わらず、 1里以上もある大湛山から我が家へ帰って来るとは犬の本能には感銘した。 訓練士は連れていくとき、訓練の成果を私に見せようと、 ロスに“伏せ”の姿勢で待たせ、 百メートル程離れた所から“来い”の合図の手をあげた。 ロスは暫く私の顔を見上げ戸惑いの表情を示したが やがて一目散に走り去って行った。 終戦の年の春の終わり頃、もう一度ロスは我が家に帰ってきた。 今度は太い鎖を引きずって大分苦労したのか、毛も汚れやつれていた。 今度も、訓練士が連れ戻しにやってきたが、その話によると、 今滄口の方の陸戦隊の無線所で警備大として活躍しているとのこと、 この無線所は以前八路軍に襲撃されたので、 是非軍犬をと要望されてのことらしい。 尚更、私はロスがいとおしく、何遍も何遍も撫でてやった。 ・・・それが最後だった。 ↑金口一路の家(地番不明、2007年)。 ■ ■ 8月15日の終戦後、連合国が青島に進駐し、 確か10月10日を期し日本軍は武装解除されたと思う。 ロスも軍務から解除されたのだろうか。 それとも国府軍か八路軍に連れ去られたのだろうか・・・。 いや、ロスのことだから上手く抜け出し、 浮山か労山の山野を駆け巡ったことだろう、 と今でもその勇姿を夢見るのだ。 (終わり) 井上睦三さんの「霧の中より」全編を終ります。 ご愛読ありがとうございました。(“青島満帆”管理人より)
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2009年01月14日
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