青島満帆

戦争は、勝った側も負けた側もこんな馬鹿馬鹿しいことはない」黄瀛

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武藤直大の「サハラ砂漠への道」(一)


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  ↑ラクダに挨拶する筆者。「ラクダさんよろしくね」

<久々に武藤直大さんより原稿が届きました。

 仲の良い女友達との「モロッコの旅日記」です。
 
 勝手の分からぬ国での抱腹絶倒の珍道中をどうぞお楽しみください>




■ 食事とタクシーの勉強

モロッコへの旅を思いたったのには二つ理由があった。

一つは砂漠を見たいこと。

地球上の海、山、ジャングル等は見てきたが、砂漠だけは見ていない。

そこに住んだらどんな感じなのか、一度は味わっておきたかった。

もう一つは映画「カサブランカ」と「モロッコ」の郷愁。

前者はハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマン、

後者はゲーリー・クーパーとマレーネ・ディートリッヒだ。

共に5、60年前の学生時代に観て、かっこいい恋愛に憧れた。

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  ↑街で見かけた高校生。顔の彫りが深くて、スマートで美人ぞろい。




カサブランカの豪華ホテル「ハイエット・リージェンシー」のロビー横に、

映画でボガートがやっていたピアノバーを模した店があると聞いていたが、

入っていくら探して見つからない。

年輩のウェイターに聞くと、寂しそうに笑って、

「もう、知っているお客さんも少ないですから止めました」

やはり60年の歳月は長い。ボガートは遠く去りにけりだ。

感傷旅行するような年代はほとんど天国に行ってしまった。

以後はそのホテルを、市内を歩いていてトイレを使う時にだけ利用した。

到着した初日の宿とガイドだけは日本で予約した。

モロッコの街の情勢が分からなくて、

ボラレたり宿無しになったら困るからだ。

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  ↑道端を利用した露天の食堂。
   魚フライを腹いっぱい食べて200円ぐらい。




食事とタクシーの乗り方は、

ガイド付きのその日1日でマスターしなければならない。

これが予想以上に厄介だった。

英語がほとんど通じない。

植民地時代の宗主国がフランスだったからで、

レストランのメニューに英語があるのは稀である。

結局周りのテーブルをキョロキョロ見回して、

他の客が食べているおいしそうな料理を「同じもの」と指差すしかない。

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   ↑モロッコのサラダ




タクシーはもっと難しい。

初めは乗るのをちょっと躊躇したぐらいの冒険気分だった。

まずメーターのない車がある。

そしてあっても倒さない車がある。

最後に、倒してもその通りの請求額ではない車がある。

メーター通りに払ったのは3回に1回ぐらいだろうか。

手を挙げてタクシーに乗る。メーターを倒す。

そこまではいい。

ところが途中で別の客が乗ってくる。

モロッコでは「相乗りあり」なのだ。

だから遠回りすることもある。その時はメーター通りに払ったら損である。

ではいくら払ったらいいのか。自分が相乗りしたらどうなるのか。

その辺を解決するのは、まっすぐ行ったら幾らかという知識と、

あとは気合である。

自分の信ずる金額を払って断固として降りる。

運転手に文句を言わせない。

そこまで行くのには10日ぐらいかかった。

商店の品物にも値段は付いていない。

すべて相手とのやり取りで決まる。

規制に頼れない社会に飛び込んで、個人の“人間力”が試される気分だ。


(つづく)

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