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青島学院の校旗、青島日本人会に寄贈 11月27日昼、 関西「青島会」森下敏夫氏の来青を歓迎して、 青島学院卒業生たちの同窓会が開かれました。 場所は東方飯店のレストラン。 日本人会の池田氏、M田さん、そして私も参加しました。 ↑青島学院同窓会が盛大に開かれました。 出席者は学院を卒業されてから六十有余年、 齢すでに80歳を越えている方ばかりです。 中には、最高齢の89歳のお方が何とお二人もいらっしゃいます。 紘宇女学校の卒業生や、 夫婦お揃いでの参加で30名を越える盛大な集まりです。 カラオケで日本語の歌を声量たっぷりに熱唱される方が 次々とマイクを握り、 会はいやがうえにも盛り上がります。 ↑出席者は80歳を越える方ばかり。 M田さんは忙しく各テーブルを回ってご挨拶をしています。 中国語が上手で美人のM田さんはもてもてです。 ↑M田さんは大もてで引っ張りだこです。 M田さんは、日中友好の礎となるため、 「戦前、青島での日本人がどんな暮らしをしていたのか」 をテーマにした歴史研究に取り組んでいます。 一人ひとりにインタビューをし、 その積み重ねの上にたって、青島の歴史を感じ取り、 受け継ごうというものです。 今回、日本人と一緒に学んだ中国人からお話を聞けるチャンスに恵まれ、 今後の歴史研究に大きな弾みがつくでしょう。 ↑幾多の苦難を乗り越えて来られた同窓会のみなさんに 敬意を表します。 同窓会の最後に、青島学院を代表して、 森下氏から、 「青島学院の校旗」が、 青島日本人会事務局の池田氏に贈呈されました。 この校旗は青島資料室に末永く保管され飾られることになりました。 ↑青島学院校旗が青島日本人会に引き継がれました。 青島学院は、 1916年、教育者・吉利平次郎氏が青島英語塾として創立し、 その後、青島学院と改めて商業学校として認可され、 1921年、青島学院商業学校となりました。 中国人にも日本人と同等の教育の機会を与えるべきという 創立者の信念から、 予科(入学前の日本語教育)、実業学校(夜間)を併設、 1938年には、青島学院紘宇女学校を新設しました。 青島学院のクラスは、中国人と韓国人が約半数を占めるという、 東アジア国民の相互理解を深める理想的な教育環境だったのです。 創立者・吉利平次郎氏の偉業を称えるとともに、 幾多の苦難を乗り越えてここに集い来し同窓生のみなさんに、 心からの敬意と感謝の気持ちを表したいと思います。 ありがとうございました。 ↑青島学院校舎跡(1992年ごろ)。 現在は新しく建て替えられ、第一中学となっている。 |
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2009年12月01日
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