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大森貞郎氏旧宅探訪
↑大森氏の旧宅は破壊される寸前でした。
先般東京で行われた羊会の同窓会で、
この辺り一帯は黄島開発区に向かう道路になるそうで、
取り壊し工事が進んでいます。 M田さんが大森氏に、 「昔住んでいた濰県路の家がどうなっているか見てきて欲しい」 と頼まれたそうで、 私たちはモルトケ兵営の写真を撮りに行った帰りに、 濰県路に寄ってみました。 場所は膠州路から市場3路に抜ける道で、 1995年に青島で行われた同窓会のとき、 私も一度見に行ったことがあります。 この辺り一帯も取り壊し工事の最中で、 かつては高級アパートだったと思われる瀟洒な建物も、 崩壊寸前でした。 まだ辛うじて残っている建物を見て、 私たちは顔を見合わせ、 「間に合ったね」 と、胸を撫で下ろしました。
↑このアパートの3階の部屋から
毎日、膠州湾の出船入船を眺めていたそうです。大森氏はこの3階の部屋から膠州湾を行き交う客船や貨物船を 毎日眺めていたと聞いています。 大森氏と私は少年時代浅からぬ因縁があります。 小学校低学年時代は青島神社近くに住んでいて家も近く、 姉同士が同級生ということもあって、 何度か遊びに行ったこともあります。 背が高い少年でしたが私と同じ運動神経のほうはまるでだめで、 中学入試の千メートル走では二人でビリ争いを演じ、 仲良く落第した思い出があります。 あれから幾星霜、それぞれ進んだ道は違いますが 変わり行く青島の街並みを前にして、 ただただ歴史の無常を感じるのでした。 ↑6月16日は端午の節句。 手作り粽をたくさんいただきました。 |
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2010年06月19日
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