青島満帆

戦争は、勝った側も負けた側もこんな馬鹿馬鹿しいことはない」黄瀛

日本語いい加減講座

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 前のページ | 次のページ ]

日本人の国語力は?

イメージ 1

イメージ 2

まだ日本にいるときのことですから、15年ぐらい前のことです。

私の家の裏の空き地に高層マンションの建設計画が持ち上がりました。

静かな住宅地に高層マンションなどとんでもないということで、

近所の有志5人ばかりが集まって、

マンション建設反対運動を起こそうということになりました。

何しろ相手はマンション大手のD社ですから、容易な相手ではありません。

役員人事の相談など、反対運動の具体的な打ち合わせが一段落して、

相手側の切り崩し対策に話が移ったとき、

私はその場を和ませようと、つい冗談を口にしました。

「目の前に1億円も積まれたら、ぐらっとくるかもしれないなあ」

この冗談が思わぬ噂を呼ぶとは、このときはつゆほども知りませんでした。

それから間もなく、巷では、

「○○さん(私のこと)は、お金が欲しくて反対運動をしているのよ」

という噂が飛び交ってしまったわけです。

もちろん、私としてはこんな馬鹿馬鹿しい噂など無視しました。

しかし、「1億円」というあり得ない金額を示して、

「切り崩しには絶対に応じないぞ」

という意気込みを「逆説的」に表明したつもりでしたのに、

世間には通用しなかったのは意外でした。


その後、反対運動はさらに進んで、マンション業者と話し合うことになりました。

相手はその道のプロですから、我々素人など初めからのんでかかっています。

それでも住民たちは、

マンションの設計図を前にして、口々に建設反対の意見を述べました。

そのうちの一人のおじいさんが、

「自分の家のすぐ脇に高層マンションが聳え立ってしまったら、

家の中は真っ暗になります」

と訴えました。

それに対して、マンション側の設計担当者は冷たく言い放ちました。

「真っ暗になるなどということはあり得ません」

当たり前です。

誰もほんとうに真っ暗になるなんて思っていないのです。

部屋の中が「真っ暗になるくらい」の威圧感を感じますから、

「もっと離して建ててください」

と、口下手なおじいさんは一生懸命訴えているのです。

このような血も涙もない設計者が、耐震偽装マンションの設計図を描くのでしょう。


世間の会話には「誇張」があったり、「極論」があったり、

「逆説」があったり、「比喩」があったりして、

面白おかしく話は弾んでいくものです。

誇張や極論や逆説や比喩を使うと、もう話が通じなくなるようでは、

潤いのない「冷たい会話」の世界になってしまいます。


あれから15年経ちました。

日本人の「会話力」、「国語力」は、その後どうなっているでしょうか。


因みに、このマンション建設計画は、反対運動が功を奏して中止になりました。

※写真は、中山路に残る保存建物。

イメージ 1

イメージ 2

天津のN大学にいたときのことです。

この大学は名門校ですが学生食堂はまずくて、

校内にある別の食堂に、よくお昼を食べに行きました。

いつものように、2年生のS君とK君を連れて刀削麺を食べていると、

日本人留学生の女性が二人、入ってきました。

狭い食堂ですから、

「いつもここに来るの?」

「ええ、時々・・・」

などと話しが進んで、すぐ打ち解けました。

S君がそれを見て、

「先生、あの女性と友達になりたいです」

と、自分たちを紹介してくれるようせがみました。

「しょうがないなあ」

と言いながら席を移して、彼女たちに二人を紹介し、

友達になってくれるようお願いしました。

彼女たちも快く承知してくれましたので、

別れ際に、

「この二人はまだ日本語が下手ですけれど、よろしくお願いします」

と挨拶して食堂を出ました。

外に出た途端、S君が怒り出しました。

「先生、頭にきました!」

「?」

「どうして先生は、僕たちのことを『日本語が下手です』と言ったんですか」

もっと褒めてくれてもいいではないか、というわけです。

私にして見れば、相手の日本人留学生は初対面ですから、

たとえ私と同じ日本人であっても、「ソト」の人間に過ぎません。

私の学生はいわば身内ですから、当然謙遜の対象になるわけです。

怒りまくるS君を無理やり納得させましたが、

このとき初めて、

日本人の「ウチとソト」という考え方は、日本人だけのものなんだ、と、

実感的に理解しました。

この「ウチとソト」の関係は、時と場合によって変わりますから複雑です。

この考え方は、誰に教わったというわけではなく、

子供のときから、親や大人たちの人と接する接し方を見て、自然に身につけたものです。

これを「文化」というのでしょうか。

その後、このような場面に出くわしたことはありません。

でも、今度このような場面が訪れたとき、

私はどんな態度をとるでしょうか、考えてみました。

今度またこのような場面に出会ったとき、

私はきっと、私の学生を大いに褒め上げるでしょう。

そのほうが「自然」だと思いますから。

※写真は工事中のヨットハーバー。五・四広場から撮影。

イメージ 1

中国で今流行っている言葉は「相当」だそうです。

漫談で人気のある趙本山という人が、

東北なまりで「相当」と言って笑わせているらしい。

意味は「とても」ですが、中国語で「とても」は、

「非常(feichang)」、「很(hen)」、「挺(ting)」などが辞書に載っています。

これに「相当」ということばが、新しく加わるのでしょうか。

「相当」と言えば、私も小学生のころよく使いました。

「相当」という漢語の響きが、なんとなく大人になったような気分にさせて、

「相当おもしろい」とか「相当難しかった」とか、よく言ったものです。

「とても」と同じような「程度を表す副詞」は、日本語には多いそうです。

国語研究所の「語彙分類表」には、「程度の甚だしいことを表現することば」として、

「すこぶる」「非常に」「大変」「はなはだ」など、70語が載っています。
(飯間浩明著「遊ぶ日本語、不思議な日本語」)

確かに多いですね。

日本語教育の基礎段階では、「とても」しか出てきません。

この「とても」も、使われ始めたのが大正時代からですから、新しいことばです。

当時の大学生が、長野県にスキーに行って、長野県の方言の「とても」を全国に広めた、

という説があります。

「とても」という言葉がなかった時代は、何を使っていたのでしょうか。

日本語学研究者の飯間浩明先生は、

夏目漱石の小説の中で使われている「程度を表す副詞」を調べています。
(「遊ぶ日本語、不思議な日本語」)

それによると、一番多く使われているのが、「大変」。

以下、「はなはだ」「非常に」「すこぶる」「きわめて」などになります。

戦後は、「すごく」「すごい」が全盛でした。

今は「超」の時代ですね。

これも80年代に大学生が使いはじめ、次第に広がっていったのだそうです。

この「超」は95年頃、現代用語辞典にも載って、認知されました。

世の中が活発に動いている時代は、新しいことばが生まれやすいようです。

高揚期の若者たちは、高ぶる感情を表現しようと思っても、

既成のことばではもう表現しきれなくなってしまうのです。

中国で、「相当」という新しいことばが生まれたということは、

まさに今、高揚の時代なのでしょう。

日本で、「超」に代わる新しいことばが生まれるのは、いつでしょうか。
(2006年6月3日)

開く トラックバック(1)

日本語は難しいか?

イメージ 1

先日、五・四広場でベンチに座って、ぼーっと海を眺めていると、

見知らぬおじさんが話しかけてきました。

すぐ日本人だと気がついてくれて、日本語でしばらくおしゃべりしました。

以前、日本人とメリヤス工場を共同経営していて、日本語を覚えたそうです。

「日本語は易しいです。中国語みたいに四声がないから、すぐ話せます」

とは言っても、仕事が終わるといつも同僚と一緒に日本語の勉強をしたそうです。

日本語という言語は、中国人にとって易しいのか、難しいのか。

日本語を教えている者としては、気になるところです。

私の教室の上級クラスの学生に、

「今まで日本語を学んできて、いちばん難しかったところはどこですか」

と聞いてみました。

「特に難しいと思ったところはありません」

異口同音に、あっさり言われて、ちょっとがっかりしました。

「動詞の活用」が難しかったとか、「助詞の使い方」が難しかったとか、

いろいろ言われると思っていたので拍子抜けです。

日本語の「動詞の活用」は、五十音図の通りに活用するから覚えやすい、と言います。

私の教室の初級クラスでは、いよいよ「動詞の活用」に入りました。

最初は「て形」の作り方を練習します。

書きます→書いてください→書いています。
遊びます→遊んでください→遊んでいます。

という形を作ります。

中国語にはない「動詞の活用」ですから、はじめはちょっと戸惑っています。

でも、すぐ慣れてスムーズに変換できるようになります。

日本語の文法は案外、規則正しくできています。

コツさえつかめば簡単です。

かつて梁啓超が自分の体験として、

「日本文の学習は数日で小成、さらに数日で大成・・・」

と書いたそうですが、あながち大げさな表現ではなさそうです。

外国人にとって、日本語で日常会話をこなすのは、それほど大きな障害はないのです。

上級レベルになると学生の悩みは増えます。

日本人のあいまい表現。

特に、何か頼まれて断わるとき、中国人には何を言っているのかよくわからない。

「複合動詞」が難しいという人もいます。

例えば、

「落ちる」と「込む」がくっついて、「落ち込む」という全く別の意味になること。

そして最後の難関は、「敬語」です。

日本語の敬語はもっと簡素化すべきです。

敬語の先生といわれる方々は、これまで敬語の複雑化に貢献してきました。

敬語が複雑になればなるほど、「敬語の本」が売れるからです。
(敬語については、別の機会に改めて書きます)
(2006年5月27日)

※写真は五・四広場の花。5月上旬撮影

へんな日本語アラ捜し

イメージ 1

先日、某新聞社発行の雑誌の宣伝文句にこんなのがあった。

「失踪する中国・・・・。北京、上海、杭州、青島」

中国がどこへ失踪するのか。おまけに青島のピンインも間違えている。

もちろん、「疾走する中国」の入力ミスだとすぐわかるが、チェックする人はいないのか。

われわれ素人にはチェックする人がいないから、入力ミスを防ぐのは難しい。

しかし大新聞ならチェック体制があるはずだ。入力ミスは許されない。

こんな大きなミスに社内の誰も気がつかないというのは、国語力の問題である。

3度ばかり注意のメールを送って、やっと気がついてくれた。

こういう宣伝は下請けに任せているらしく、チェックが行き届かなかったらしい。

それにしても、あまりにもみっともない入力ミスだ。

私は長年、学生の作文の添削に力を入れてきたから、
人が書いた文章のアラ探しが得意になってしまった。

最近、こんなのもあった。

「パソコン 1万円札で作り・・・(○○をした)」

これでは、「1万円札」で「パソコン」を作ったことになる。

内容を読むと、「パソコンで偽札を作った」と書いてあるから安心した。

ちょっと長くなるが、こんなのもある。

「同州の保守派議員から『意図的に仕組まれた演出だ』と批判し、州政府に調査を要求していた。」

「同州の保守派議員『から』」ではおかしい。

『同州の保守派議員が』にすれば収まりがつく。

『から』を使うなら、最後は受身の形で締めくくって欲しいものだ。

※写真は五四広場(2006年5月6日撮影)

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
bad**uan1*3
bad**uan1*3
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

最新の画像つき記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事