青島満帆

戦争は、勝った側も負けた側もこんな馬鹿馬鹿しいことはない」黄瀛

日本語いい加減講座

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天津から青島に転居する直前のことだから、1年半ほど前のこと。

日本人留学生の若い女性と立ち話をしていると、彼女が、

「○○と違くて・・・」

と、「違くて」を盛んに連発するのである。

「違う」というのは動詞だから、「〜くて」と活用しない。
「○○と違っていて」と言うべきところだ。

何だか不思議な日本語を聞いているようで落ち着かなかった。

中国人の日本語初級学習者が、

「違います」を「違いです」

と言い間違えることはよくある。

また、日本人の子供が、

「違くて」とか「きれくて(きれいで)」

と言うことも以前からあった。

しかし大人になるとたいてい直って、「違っていて」と正しい言い方になるものだ。

だから私は、「違くて」というのは一種の幼児語だと思っていた。

それが今や日本の若者が、堂々と「違くて」を使うようになったのだ。

この「違くて」とか「違かった」という言い方は、関西方面から始まったらしい。

「違くて」を連発した留学生は沖縄出身だった。

沖縄では「きれいだった」を「きれかった」という子供が多いらしいから、
(日本語ウオッチング・井上史雄著)

「違くて」という言い方を受け入れる素地が、沖縄のほうにあったのかもしれない。

さらに驚いたことは、今年の芥川賞作品「沖で待つ」だ。

その中に、

「この街さ。なんか。思ってたのと違くねえ?」

というセリフがある。

「違くて」は、とうとう芥川賞公認になってしまった。

日本語文法には、

「違う」という動詞のほかに、

「違い」という形容詞が加わることになるのだろうか。

日本語の進化は続いている。
      (2006年5月10日)
※写真は第3海水浴場

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天津のS大学にいるときのこと。

女子学生が不満たらたらの顔をして、私の部屋に飛び込んできた。

「先生! 

私が日本人留学生に、

『この料理食べられますか』

と聞いたら、そんな日本語はない、と叱られました。

『<食べれます>、が正しい日本語です』と言います。

先生、どちらが正しい日本語ですか?」

まるで私が間違えた日本語を教えているような口ぶりだ。

「誰だ!そんなふざけたことを言う日本人は!ここに連れてきなさいっ」

と言いたいところだが、

実のところ「ら抜き言葉」がこれほど浸透しているとは思っていなかった。

国語審議会が「ら抜き言葉」を取り上げたのが1995年。
そのときはまだ、「ら抜き言葉」は認めないという立場だった。

それからまだ5年ほどしか経っていない。

あっという間に「ら抜き言葉」が広がって、

「ら」を抜かない可能動詞を知らない若者ばかりになってしまったのか。

怒るより驚きのほうが大きかった。

それ以来、私も、

「ら抜き言葉」と「らを抜かない言葉」を両方教えることにしている。

この「ら抜き言葉」も、最近は、

「受身の敬語と、可能動詞を区別できるから合理的だ」

という意見が大勢を占めるようになった。

確かにそうだ。

「ここから富士山が見られますよ」

と言われても、敬語を使っているのか、可能動詞なのか判然としない。

「られる、れる」の可能動詞ができあがったのは、江戸末期から明治の初めだそうだ。

その可能動詞が、早くも「ら抜き言葉」に変身した。

日本語は今、大きく変動しているようにみえる。
                (2006年5月7日)
※写真はジャスコ付近の新緑風景

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「わかりましたかー」

「わかりま、ムニャムニャ」

「なんですかー? 日本語は最後まではっきり言わないとわかりませんよー。

最後まではっきり言ってくださーい。もう一度聞きますよー、

わかりましたかー」

「わかりませーん」

なんだこりゃ、何もわかってないのか。

がっくり。

私はいつも、「日本語は最後まではっきり言ってください」

と、教えています。

日本語は最後が肝心ですね。

例えば、スポーツニュースの結果を報道するとき、アナウンサーが

「巨人は3対2で逆転、ムニャムニャ」

と、語尾をはっきり言わなければ、
逆転勝ちをしたのか、逆転負けをしたのか永遠にわかりません。

以前、NHKに、肝心なところで声を落とすアナウンサーがいました。

このベテランアナウンサーが朝7時台のニュースを長い間担当していたため、
若いアナウンサーがみんな真似をして、ひどい状況になってしまいました。

「今度は田植えが、ムニャムニャ」(始まります)
「真剣な表情で、ムニャムニャムニャ」(取り組んでいます)

「一万所帯が、ムニャムニャムニャ」(断水しています)

映像を見ていれば何とかわかりますが、声だけ聞いていると、
一万所帯がどうなったのかさっぱりわかりません。

外国人に日本語を教えている人間として、
天下のNHKがこんな状況では困ります。

「NHKニュースを聞いて勉強しなさい」

と、学生に言えません。

最後まで歯切れよくしゃべるアナウンサーはどうしたのでしょうか。

私は朝7時台のNHKニュースを見るのをやめました。

数年前やっと、この語尾のハッキリしないベテランアナウンサーが、
7時台のニュース番組を降板しました。

若いアナウンサーもきちんしゃべるようになりました。

最後まで歯切れよくしゃべるアナウンサーも復活しました。

喜ばしいことです。

日本語は最後まではっきりしゃべってくださいね。

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日本語学習者には二つのタイプがある。

文法にとことんこだわるタイプと、
文法はそこそこにして、まずはおしゃべりしてみようという、
おしゃべりタイプある。

もちろん、両方の才能を兼ね備えた俊才も数多くいる。

文法こだわりタイプは、例えばこんな質問をする。

「先生、『くれる』の命令形は『くれろ』じゃないのですか?

どうして『くれ』というのですか」

まことに肝を冷やす質問である。

冷静な(ふりをして)私は考える。

小学生の頃、二年ばかり群馬の田舎に住んでいたことがある。

そこでは、子供が親に小遣いをせびるとき、

「おっかあ、ゼニくんろ」

と言う。

『くんろ』を丁寧に言うと『くれろ』である。

そこで推論する。

「『くれる』の命令形はもともと『くれろ』だったのです。

『やる』の命令形が『やれ』ですから、

『やれ』に対応して、『くれる』を『くれ』と言うようになったのでしょう」

こう説明して難関を切り抜ける。

おしゃべりタイプはこんな難しい質問はしない。

その代わり、

「先生、今晩は何を『食べりますか』?」

とか、

「何時に『寝りますか』?」

などと、へんな動詞が飛び出してくる。

日本語の動詞の活用形を覚えこむまでは大変だ。

考えてみれば、『食べる』『寝る』も、『帰る』『しゃべる』も、

語尾が『eru』になる動詞だから、同じ活用にすれば覚えやすい。

日本語は「ら抜きことば」のように進化の最中だから、
将来、『食べます』が『食べります』になっても不思議はない。

それはともかく、おしゃべりタイプは、一つ単語を覚えると、すぐ使ってみる。

例えば『週末』という単語を覚えると、

「先生、週末は何をしましたか?」

などと、聞いてくる。

確かに、文法こだわりタイプよりは会話の上達は早い。

日本語の会話は、文法が多少間違っていても、たいてい通じるものだ。

「文法が間違っているよ」

などと、いちいち注意しないで、どんどんしゃべらせたほうがいい。

文法が苦手な日本人としては、
おしゃべりタイプのほうが助かるし、楽しいのは言うまでもない。
(2006年4月6日)

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