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※写真は、舟二題。本文記事とは関係ありません。 「K氏のエッセー・外国語を学ぶこと2」 <「殯」という言葉から思うこと> 今年のカンヌ映画祭で 久しぶりに日本の若い女性監督の作品、 「殯の森」がグランプリを受賞しました。 この映画の話はまた別の機会にして、 今日はこの「殯」という言葉のことからはじめます。 私は日本人を75年やっていて、勉強もあんまりしてこなかったせいか、 この「殯」に出会ったのは初めてでした。 勿論のこと意味も判りませんでした。 「殯」は漢和辞典をひくと「もがり」と読むらしい。 老人が死ぬと埋葬するまでの間、 手厚く懇ろに立派な棺桶にいれていたわることだと書いてある。 それなら生きているうちにしてあげればなあと思ったりするが、 どうも中国からきた言葉らしい。 この映画監督は この「殯」という言葉によくよくの思い入れがあったのだとおもいます。 でもこれから日本語を習得しようとする人に こんな言葉を覚えるのに大きなエネルギーを使ってほしくありません。 私が若い頃英語を学んでいたとき、或る程度力がつくと、 やたらと難しい本を読みたくなったものです。 がこれは私にものすごい回り道と エネルギーの浪費を強いることになりました。 私は単語でいえば1000くらい知っていれば、 大概のことは正しく表現できます。 これは日本語にもあてはまると私は思います。 正しい日本語を正しく使えば、やがて美しい日本語に気がつくと思います。 美しい日本語はたいていの場合は、常にやさしく、 その時の状況にもっとも適した正しい表現なのです。 足立さんが日本語を教えられた生徒さんの文章を いくつか読ませていただいたことがあります。 どれも素直な美しい日本語で 私の周りの若者が話したりしている言葉を思うと、 恥ずかしくなる思いでした。 私は語彙を豊富にする事を否定する者ではありませんが、 やさしい単語の意味を深く正しくつかむことが その前に必要なのだと思います。 いつか足立さんのブログで日本語の辞書の選び方の話がありましたね。 私も外国語を学ぶ者にとって辞書の選択は重要なことだと思います。 日本語の辞書でしたら 私は単語の意味を沢山の日本語にしている辞書より、 はじめは その言葉の持つ本来の意味を深く説明してあるものの方が良いと思います。 本来、一つの言葉には一つの意味しかないと言うのが私の意見です。 中国も、日本も漢字を使う言語です。 私が思うのには表意文字というのは、 本来の意味をコアとして 周りにいろいろな意味合いがつながっていくのです。 これがまた言葉の良いところなのですが、 日本の場合、その言葉のコアを離れてしまって、 誤用、誤解釈がされていることが意外と多いのです。 日本語はこの漢字と漢字がつながり 合成語となって新しい意味を持つのです。 そのとき、 本来の言葉のコアから離れた処の意味同士がくっつくのですから複雑です。 それだから日本語は曖昧な表現が多いと言われるのではないかと考えます。 英語にも複合語はありますが、日本語のようなことはありません。 これは言語の民族性の問題で、習得の問題とは違うかも知れませんが、 ここで気になるのが その曖昧さを最大限に利用して 言い逃れや、 嘘をつく手段にするのが日本の国会での為政者のやり方です。 ですから彼らが国会で使う言葉は日本語としては 最も醜い最低の日本語だと私は思います。 本来、日本語はやさしい、美しいことばなのです。 日本語を習得しようとする人は
そのことをよく見つめて頑張って欲しいものです。 |
K氏のエッセー・外国語を学ぶこと
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