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光畑京子の「終戦日記」(七) <一日一善> 昭和20年(1945年) 【5月1日 火曜日 晴れ】 昨日と違って今日は好天気である。 朝、妹と神社参拝に行く。 学校では朝礼の時に国旗掲揚を行い、 あの大きな日の丸が松の間から静々と上がっていく様は、 何とも言えぬ気がして、 本当に日本人としての生きがいを益々深めていった。 ↑青島神社社殿(現貯水山公園) 【5月2日 水曜日】 書こうとしてもおかしくなる。 それは、夕食時に皆とおいしくいただいていると、 いつもよく食べる妹が一膳だけ食べると ご馳走様をしたので、 母がびっくりして聞くと、 妹は 「だって今日先生が一日一善とおっしゃったからよ」 と言ったので大笑いをした。 【5月4日 金曜日 晴れ】 夜からお客様がお見えになる。 話を聞いているとあまり面白いので聞いていると、 眠気もどこかへ行ってしまって、11時に寝た。 明日は寝坊せぬように気をつけよう。 【5月5日 土曜日】 今日は菖蒲湯に入る。 中で笛を作って遊ぶ。 私はいつも菖蒲湯に入ったら思い出すのは 内地の学校のことである。 内地の学校では毎年の5月5日には、 音楽会が催されるのである。 何だかそんな事を考えていると目頭が熱くなってくる。 そして一緒の組だった人は今きっと 軍需工場で泥まみれになって働いているに違いない。 その様子が目の前に見えるような気がする。 私も内地のお友達に負けないようにしっかり頑張ろう。 |
光畑京子の「終戦日記」
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光畑京子の「終戦日記」(六) |
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光畑京子の「終戦日記」(五) (学校の農園でお弁当を) 昭和20年(1945年) 【4月15日 日曜日】 今朝は少し早めに起きて庭の手入れをする。 前蒔いた小松菜が大分伸びて 今では5センチ位に伸びたので少し間引きをしてやる。 すると何だか心が浮き浮きしてくるような気がして、 だまって立ちどまって聞き入ると、 カトリック教会の鐘が低くなったり高くなったりして聞こえて来る。 日曜があったり、楽しい音が聞こえたりして、 内地の人にくらべたら本当に幸福だと思った。 【4月17日 火曜日】 今朝は少し寒くてどんより曇って霧雨が降ってくる。 芝生や小松菜、杉の木等が嬉しそうに久しぶりの雨にたいへん喜んで、 何だか大口をあけて雨水を飲んでいるようにみえて、 いつもと違っていきいきとして元気があるようだ。 私が毎朝毎夕水をかけてやっても、 雨水がかかった時よりも喜ばないのでふしぎに思ったり、 憎たらしくなったりする。 【4月18日 水曜日】 今日は先生からこんな注意を受ける。 よその人の事や組の事をあれやこれやと鑑賞(干渉か?)をしない事、 とおっしゃる。 私は本当にこんな事をしたりするのは一番いけない事だと思った。 そして今まで自分もしていたかもしれないから、 これからは人の事を言う時は 先ず自分の事をきちんとなおしてからでなければいけないと思った。 ↑青島高女農園:昭和19年卒業記念アルバムより 【4月19日 木曜日 日本晴れで風少し強し】 4時間目の音楽の時間にふと窓のほうを見ると、 農園の桜が満開である。 遠くから見ているとまるで雲がつもっているような感じがする。 じーっとしていると花にもう少し匂いがあったらいいなあーと、 欲な考えが出てくる。 敷島の大和心を人問はば 朝日ににほふ山桜花 ちる桜 ちらぬ桜も ちる桜 【4月20日 金曜日 日本晴れの好い天気】 音楽の時間に、あまり桜がきれいなので 桜を見ながら音楽会をしましょうと先生がおっしゃったので、 各組から一名ずつ出て独唱することになって 4組からは林田さんが独唱を方山さんが独奏をした。 食事は先生のお許しがあったので裏の農園でいただきました。 久しぶりで外で食事をしたので、 とてもおいしくいただいた。 【4月21日 土曜日】 月曜より授業が行われると飯島先生がおっしゃった。 皆はたいへん喜びあった。 でも何だか内地の女学生の人にすまないと思った。
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光畑京子の「終戦日記」(四) 昭和20年(1945年) 【4月13日 金曜日】 今朝、学校の行きがけに 青島神社の前の広場の桜の木が2本並んでいる。 ふと何の気なしに見ると、 もうちらほらと咲き出しているのにはたいへん驚いた。 今朝はきっと私が一番先に見つけたのだろうと思ったら、 何だか早くついて皆に知らせてあげたいような気がして、 大発見の嬉しさと、 私が待ちに待った桜の咲いた喜びとで、 胸がわくわくしているのを感じた。 そしてたまらなくなって駆け出してしまった。 教室に入るとたんに、 「神社の広場の桜が咲いていたでしょ」 と言われたので、 何だかさっきの大発見も水の泡となってしまったかと思うと がっかりしてしまった。 でもすぐ元気を出して、 「ええ」 と答えた。 そして大発見などと思ったかと思うと おかしくなってしまった。 ↑旧青島神社の春:年代不詳。 桜の若木から見てだいぶ古い写真と思われる。 【4月14日 土曜日】 今朝も神社の桜を楽しみにしながら家を出る。 とても暖かい日なので桜の花弁も 昨日よりはほころびている。 ほんとうに春がやって来たことが桜の事でわかったような気もする。 正門の芝生も若芽がもえあがっている。 しかし考えてみれば、 世界に住んでいるありとあらゆる生物は, ことごとく春を楽しみに 今までの長い長い寒い冬を我慢して来たのである。 私達も冬の間は北の兵隊さんの事を思って 何事もやり抜いてきたのである。 私は四季のうちで一番春が好きだ。 どうして春はこうも人々の心を明るくするのであろう。 私も桜のように心を朗らかにし、 かわいい頬をしてニコニコ笑っている子供たちの顔を 高いところから眺めていたいものである。 こんな事を考えただけでも浮き浮きとした喜びが 胸いっぱいにあふれて来る。
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光畑京子の「終戦日記」(三) 【4月8日 日曜日】 この頃お父さんは、毎晩毎晩庭に出て行っては、 詩吟を唄っていますので、 お父さんに、どうしてそんなに詩吟をするのと、栄子が聞くと、 一つは、お腹が丈夫になるから、 いま一つは、ラジオに出る、とまじめに言うので 何だかおかしくなって、 「ふぅー」と吹き出すと、 そばにいた皆もいっしょ笑いだしました。 そして私が「芸名は?」と聞くと、 “詩吟をする人” と言うので、あまりおかしくなって、 皆もどっと笑いくずれました。 【4月9日 月曜日】 夕方から防空演習が行われました。 私もお母さんや、一年の渡辺さんもいっしょにお手伝いをしました。 やさしいと考えていたバケツリレーも なかなかむずかしいのにはおどろいた。 これからはもっともっと空の守りが大切になるのだから 自分から進んでお手伝いをしよう。 【4月10日 火曜日】 今日、3組に新入生の人が入って来た。 西洋人形のようにかわいいので、 3年や4年の人が見に来て、 おしろいをつけているとか、口紅をつけているとかいって、 その人の周りをとりかこんで見ているので、 何だかかわいそうになって、 中島さん、三宅さん、浅野さん、天野さん、星野さん、中尾さん達といっしょに、 鬼ごっこをして遊びました。 ↑青島高女運動場:昭和19年卒業アルバムより。 【4月11日 水曜日】 今日、中間体操の時に、公文先生が、 中間体操はただ手と足を動かしているだけでは何もならない。 中間体操の目的は、 一つ、整列整頓を正しくする事。 二つ、今まで軍服をしていたのだから、 体を弱くなりやすいからそれを回復する事。 と、大事な目的をおっしゃいましたから、 明日からりっぱな体操を行うことにした。 【4月12日 木曜日】 朝礼の時に、大森先生から、 この頃、皆は釦とか糸を無駄にしすぎるから、 もうすこし注意するようにとおっしゃった。 私もまったくそうだと思った。 そして釦など机の下等にいっぱい落ちている。 糸でももつれたりしたら 糸くずにしてしまうような事をやってきたのである。 本当に悪い事だと思った。
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