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日本人学校の小学6年生と課外授業 ↑6年生の野外授業。おひるは貯水山公園の階段の上。 お昼を食べ終わって下りてくる生徒たちの姿が見えます。 青島日本人学校6年生の課外授業「青島の歴史勉強会」に招かれました。 秋空とは言え青島の気温は東京の真冬並みでしょうか。 使い捨てカイロをあちこちに貼り付けて寒さ対策もばっちり。 少し早めの10時ごろ家を出て ミニストップでサンドイッチとジュースを買い、 電子信息城の向かい側で待つことしばし、 日本人学校のきれいなバスが到着しました。 6年生担任の○中先生に迎えられてバスに乗り込むと、 後ろの席に固まって座っている6年生7人を発見。 「元気ですかあ」 「はーい」 久しぶりの再会です。 私は待ちきれずに説明を始めました。 「この辺一帯は日本が最初に住宅地として造成したところで、 日本人がたくさん住んでいました。 青島神社、女学校、第一小学校などが今も残っています。 私も子供の頃この近くに住んでいました」 旧第一小学校の運動場(現第2体育場)はすぐ近くです。 体育場の入り口にある柔道の山下道場を見学したあと、 みんなで運動場に入ります。 運動場は最近整備しなおしたばかりで、 人工芝も青々と私たちを迎えてくれます。 運動場の真ん中あたりに腰を下ろし、 写真を見せながら 私がひと通り昔の運動場の様子や校舎の説明をしました。 ↑青々とした人工芝の上で私の授業?。 説明が終わってから今度は私の提案でゲームをやってもらいました。 それは、私が5,6年生のときみんなでよく遊んだゲームの定番です。 鬼は一人、グランド(観客席)の下に立って、 軟らかいテニスボールを、 観客席に散らばって逃げるみんなにぶつけるのです。 ボールが当った者は鬼になり、 全員が鬼になったらゲームは終わりです。 人数が多いほどおもしろく、 運動神経のよさに関係なく誰でも一緒に遊べます。 今日の6年生は人数が少なくて心配でしたが、 私は少年時代の思い出を再現してもらって大満足です。 ↑グランド(観客席)で鬼がボールをぶつけるゲームを再現。 私たちは1小グランドをあとに、貯水山公園(青島神社)に向かいました。 貯水山公園はまだ工事中ですのでなんとなくほこりっぽく、 生徒たちは階段を上がって、上でお昼を食べることにしました。 私は階段は無理なので下の広場で一人サンドイッチの袋を開けました。 昼食のあと、私が“日独青島戦争”の戦闘経緯を簡単に話し、 今日の勉強会を終わることになりました。 ↑貯水山公園の広場で野外授業。 ここでみんなとお別れです。 生徒たちは何度も振り返り手を振りながらバスに向かいました。 11月7日の発表会でまた会いましょう。 皆さんのお役に立てたかな? 楽しい時間をありがとう。
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生活日記
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焼き餃子でおひる 中国で餃子といえば水餃子ですが、 日本人としてはやはり焼き餃子のほうが馴染みがあります。 私のアパートの近くに食べ物横丁があり、 お昼どきになると賑わいます。 私のお目当ては鍋貼(焼き餃子)です。 水餃子の店もありますが、 ここの店の鍋貼のほうが人気があります。 「肉入りのやつを半斤ください」 と注文すると、 「お持ち帰りだね」 と、焼きたての熱々を20個包んでくれます。 これで8元5角(日本円で100円ちょっと)。 1回では食べ切れませんから、2回か3回に分けて食べます。 つまり、1食あたり30円ぐらいでしょうか。 安いなあ。 おひるは時々これにします。 ↑日本人にとって餃子と言えばやはり焼き餃子。 中国人にも結構人気があります。 青島も秋真っ盛り。 秋といえばやはり柿。 昨年も紹介しましたが、 種のないこの柿が私の大好物。 これだけ買って(一つ食べましたが)わずか5元。 焼き餃子と柿をたくさん食べて、 今年の冬を乗り切ろうと思います ↑この柿の素朴な甘さがなんとも言えません。しかも種無し。 |
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青島高女がホテルに改装中 ↑青島歴史探索会の参加者一行。 10月21日、第二回青島歴史探訪会が行われました。 M田さんを中心に一行8人はまず旧青島日本中学の校舎と寄宿舎を見学。 今なお海洋大学として使われている豪壮な建物は、 しばしばドイツ建築と誤解されます。 車の中で東大研究員の山本氏の解説を聞きながら、 次は第一小学校グランドに到着。 グランドは整備中で柵の外からグランドと校舎を展望しました。 さらに一行は柔道の山下道場内部も見学しました。 次に向かったのが旧高等女学校跡です。 ↑青島日本高等女学校はホテルに改装中。 ここはホテルに改装中で外装はほぼ出来上がっていましたが、 いつ開業するのかは不明です。 青島女学校出身者のみなさんが、 将来、思い出の学校に宿泊してみるのも記念になると思います。 ↑ホテルが開業したら、 女学校出身者が利用してみるのはいかがでしょうか。 最後は、青島学院の跡地にある第一中学(高校)です。 この高校は青島ではトップクラスの進学校で、 一流大学を目指す秀才たちが 厳しい競争に打ち勝ってはじめて門をくぐることが出来ます。 ↑青島学院跡は現在第一中学の校舎。 青島の名門高校のひとつで数多くの人材が輩出しています。 今回の歴史探索会は、 資料収集のために来青された青島の教育史研究の山本氏を迎えて、 学校関係を中心に歴史探索を行いました。 山本氏の研究成果に触れることが出来、 青島在住日本人の皆さんが大いに啓発されたことと思います。
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日本のドラマを見る楽しみ 秋のテレビドラマが始まりました。 番組表を見て、お目当ての女優が出ているドラマはないか、 どんな役者が出ているか、などとチェックしています。 私が日本のドラマを見るようになったのは、 90年代の終わりごろ、中国で日本のドラマブームが起きたときです。 中国ではビデオの普及を飛び越えてVCDが一気に普及し、 日本のドラマが店頭に並びました。 ブームに火をつけたのが「東京ラブストーリー」という恋愛ドラマで、 アメリカ帰りの明るい行動的な女性が、 失恋の悲しみを乗り越え、 新しい生き方を求めてアメリカへ旅立って行くというストーリーで、 その前向きな考え方に共鳴した中国の若い女性の圧倒的な支持を得たのです。 ↑現在の迎賓館。 その頃天津にいた私のところへ、 「先生、これ面白いよ」 と、学生たちがVCDを次々に持ってきてくれました。 もともと恋愛ものや純愛ものが苦手な私は 長い連続ドラマを見るのは苦痛でしたが、 ある日、キムタク主演の「ヒーロー」を見てから、 「日本のドラマ作りも捨てたものじゃないな」 と思うようになりました。 中国人学生と話を合わせるために見始めたドラマですが、 今ではすっかり日本のテレビドラマのファンになってしまいました。 朝起きてインターネットのメールをチェックすると、 次は、見たいドラマを探します。 夏のドラマでは、日本語上級クラスの張さんが、 「先生、“うぬぼれ刑事”が面白いよ」 と教えてくれました。 張さんにしてみれば “うぬぼれ”という日本語を覚えたのがうれしくて興味を持ったようです。 そのほか、「日本人の知らない日本語」というドラマもあり、 日本語教師を題材にしたものとして目につきました。 「竜馬伝」は欠かさず見ますし、 最近は朝のテレビ小説「てっぱん」も楽しめるようになりました。 「スクール革命」というバラエティ番組も見つけました。 日本のPTAが目くじらを立てている番組もありますが、 「お笑い」の好きな私としてはたまりません。 お笑い芸人の演技で思わず声を上げて笑ってしまうことがあります。 中国で日本のテレビドラマが見られると聞けば、 ひとこと文句を言いたい方もおられると思いますが、 あの「こうたくみん」の時代に、 朝から晩まで反日・抗日ドラマを流し続けた反動として 日本のドラマがブームを呼び、 反日にブレーキをかけたと思えば、 日本のドラマやアニメが中国人に広く見てもらえることは 大いに歓迎すべきことだと思います。
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近所にできた日本のコンビニ 去年あたりから青島にミニストップが進出し 何軒かオープンしましたので、 この近所にも日本のコンビニができたらいいな、 と心待ちにしていました。 そのコンビニが8月末にやっとできました。 場所は電子街の真ん中なので周りにあるコンビにより目立ちます。 ↑電子街の目立つところにできたコンビニ。 昔で言えば、桓台路と博興路の角になります。 これからは、おにぎりとか弁当とか、 ちょっと日本的なものが食べられるぞ、 と期待していたのですが、 できた店舗の面積は小さく、旧市街のせいか、 品揃えも特に目新しいものがありません。 日本的なものとして、おでんとサンドイッチがありますが、 サンドイッチは今やどこの店にもありますし、 おでんが中国人に広く定着するにはまだ時間がかかるでしょう。 気になるのはやはり接客態度です。 最近の青島のレストランやコンビ二の接客態度は急速に向上しています。 中国はお年寄りを大事にする国ですから、 どこの店でも、私が入るとしっかりフォローしてくれます。 しかしこのミニストップの店員は年寄りが入ってきても ほとんど無関心で、 接客態度が特にいいわけではありません。 まあ、今後に期待するしかありませんね。 ↑期待していたコンビにですが、品揃えはイマイチ。 今年の2月、南京路から現在のところに引越ししましたが、 電話もインターネットもその日のうちに工事は終わりました。 それに比べて、去年、日本に帰ったとき、 インターネットをつないでもらおうとJ○OMに電話したところ その応対のひどさにあきれました。 「そんなことで競争に勝てるの?」 と、皮肉の一つを言ってやりましたが 馬の耳に念仏だったようです。 その上、インターネットがつながるまで1週間待たされました。 「日本のサービスは世界一」 という思い上がりはもはや通用しなくなりました。 日本は確実にガラバゴス化への道を進んでいるようです。
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