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第21回 二〇三高地 (前編)

1904(明治37)年11月。第三軍は、三度目の旅順要塞総攻撃を予定。各師団から選抜した三千百余人の白襷(だすき)隊による一大決死隊の突撃を開始する。突撃開始から3時間で全線にわたって攻撃が頓挫、白襷隊が闇に乗じて鉄条網まで迫るが、機関砲火を浴びる。乃木(柄本明)はもはや正面攻撃は無理と判断し、二〇三高地を全力で落とすと宣言する。だが、第一師団五連隊が頂上を占領した直後に反撃され、頂上奪取に失敗する。
総攻撃の開始から6日目、連合艦隊・三笠の艦内では、攻撃中止命令が出るころだとの声が上がる。その声に真之(本木雅弘)は、4万5万の将兵が犠牲になっても二〇三高地はおとさなくてはいけないと激する。
万策尽き果てた乃木の苦境を見かねた満州軍総参謀長・児玉源太郎(高橋英樹)は、旅順で乃木の代わりに二〇三高地を落とすことを決意。大山(米倉斉加年)からの秘密命令を携え旅順に向かう。

第22回 二〇三高地 (後編)

満州軍総参謀長・児玉源太郎(高橋英樹)は、旅順で乃木(柄本明)の代わりに二〇三高地を落とすことを決意し旅順にやってくる。乃木と二人きりで話し合った児玉は、一時的に第三軍の指揮を執ることを乃木に了承させ、直ちに重砲隊の移動や陣地転換など攻撃計画を修正する。
12月5日、集中配置された28サンチ砲や重砲がその効果を存分に発揮。死闘の末、二〇三高地の西南山頂を占領した日本軍は観測点を置き、旅順港のロシア艦隊に砲撃を浴びせた。
ロシア艦隊の全艦撃沈が時間の問題だと知った連合艦隊は、直ちに佐世保へ帰港の準備に入り、10か月に及ぶ旅順港の封鎖作戦に終止符が打たれる。
児玉は、陥落した二〇三高地の巡視に向かう乃木にあえて同行せず、陸軍の記録にも自らが指揮権を執ったことは伏せて、単なる陣中見舞いだったと記録させる。そのころロシアは、ぼう大な数の兵を奉天の会戦に向けて集結させつつあった。

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