歴史とスポーツが好きです。

安部内閣をどう思うのか、投票を作成しました。参加お願いします。コメントもできればお願いします。

全体表示

[ リスト ]

第23回 敵艦見ゆ (前編)

後顧の憂いを断った連合艦隊はバルチック艦隊との決戦に備える。宮中で明治天皇(尾上菊之助)に拝謁した東郷(渡哲也)は、バルチック艦隊との戦いに勝利すると断言。同席した海軍大臣の山本権兵衛(石坂浩二)を驚かせる。その後、久しぶりに東京・青山の自宅へ戻った真之(本木雅弘)は、母・貞(竹下景子)との再会を喜ぶ。
1905(明治38)年2月20日、連合艦隊が佐世保から出港する。同日、満州軍総司令部に各軍司令官が招集され、クロパトキン率いるロシア陸軍との一大決戦を前に一堂に会する。奉天会戦は戦線100キロに、ロシア側の兵力32万、砲の概数1200門、日本の野戦軍の兵力25万、砲990門が展開する世界戦史上空前の大会戦になった。

第24回 敵艦見ゆ (後編)

激闘が続くなか、好古(阿部寛)は鉄道破壊の命を受け、騎兵団3千を率いて奉天北方に向かう。ロシア側はこれを大量の騎兵団が北進してきたと誤認。クロパトキン(セルゲイ・パールシン)は急いで全軍を奉天から退却させる。
4月、バルチック艦隊がシンガポール沖に達する。そこからウラジオストクまでの航路は二通り。対馬海峡を通る日本海コースと、太平洋を回って津軽海峡や宗谷海峡を経るコースである。日本は迎撃する艦隊を1セットしか持たないため、太平洋と日本海の2か所で待ち伏せすることはできない。しかし、この艦隊を全滅させなければ、日本は敗北する。
真之(本木雅弘)は対馬海峡を通ると想定して哨戒計画を立案するが、バルチック艦隊の行方は杳(よう)として知れない。なかなか対馬に現れないバルチック艦隊に業を煮やした真之は、東郷(渡哲也)に艦隊の移動を進言する。しかし「敵は対馬に来る」という東郷のひと言で移動を延期した翌日、「敵艦見ゆ」との電信が旗艦・三笠に届く。真之は大本営への電文に「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」と、日本が有利であることを象徴する一文を書き加える。

.
ジュン
ジュン
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(18)
  • Johnny B.Bad
  • nam*_im*12
  • ミチカ
  • さとみゆ
  • akina24
  • ami**npoc*et
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事