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「三百六十五歩のマーチ」「函館の女」などの作詞家で、日本作詩家協会名誉会長の星野哲郎(ほしの・てつろう=本名有近哲郎=ありちか・てつろう)さんが15日午前11時47分、心不全のため東京都武蔵野市の松井外科病院で死去した。85歳。山口県出身。自宅は東京都小金井市梶野町3の6の10。葬儀・告別式は19日正午から東京都港区南青山2の33の20、青山葬儀所で。喪主は長男真澄(ますみ)氏、葬儀委員長は作曲家の船村徹(ふなむら・とおる)さん。
高等商船学校を卒業後、遠洋漁業のトロール船員に。病気療養中の1952年、雑誌へ投稿した歌詞が入選し、翌年作詞家デビューした。
人情の機微や、人生の喜び悲しみをこまやかに描写した演歌は「援歌」「縁歌」とも呼ばれ、日本人の心に響いた。北島三郎さんの「函館の女」や、映画「男はつらいよ」シリーズの主題歌は広く親しまれた。また船村さんとのコンビで、北島さんの「風雪ながれ旅」、美空ひばりさんの「みだれ髪」、鳥羽一郎さんの「兄弟船」などがヒット。
作曲家の故市川昭介さんと組んだ都はるみさんの「アンコ椿は恋の花」や、水前寺清子さんの「三百六十五歩のマーチ」、小林旭さんの「昔の名前で出ています」も大ヒットした。91年、北島さんの歌った「北の大地」がレコード大賞を受賞。手掛けた曲は4千以上に上る。
86年に紫綬褒章、2000年には勲三等瑞宝章を受章。日本音楽著作権協会会長も務めた。代表曲はほかに「涙を抱いた渡り鳥」「兄弟仁義」など。
都はるみ「星野先生に初めてお会いしたのは16歳の時。市川昭介先生と一緒にご自宅にうかがいました。「アンコ椿は恋の花」は、私を世に出していただいた、私にとって特別な歌です。市川先生も吉岡治先生も逝かれてしまい、私もそちらにいきたい気持ちです。でも私は生きている限り歌わなければいけない。本当に悲しく、つらいです」
音楽評論家・反畑誠一さん「穏やかでいつも笑顔が絶えない、おちゃめな人だった。船乗りだったことがある星野さんらしい、「兄弟船」などの海の歌が印象深い。「三百六十五歩のマーチ」などのユーモアたっぷりな歌や、夫婦愛、家族愛の歌…。どの作品も日本人の「心の歌」であり、昭和という時代の輝きだった」
作曲家・船村徹さん「人生の先輩として、年下の私を何かにつけて見守り、共に歩んできてくれた。ここのところ健康が優れないのは知っていたが、いざ「亡くなった」と聞かされると「まさか…」という気持ちで、心に大きな穴が開いたような、たまらない思いでいっぱいだ」
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