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今年2月にデビューし、10月に発売した初アルバム「LEO」がチャート2位に入るなど、音楽界に新風を巻き起こした女子高生シンガー・ソングライターの家入レオ(17)が、このほどスポーツ報知単独インタビューに応じた。抜群の歌唱力と共に心の叫びをつづったリアルな楽曲が共感を呼び、一気にブレーク。音楽を通じての出会いに感謝し、来年の高校卒業後については「日本武道館や東京ドームでライブができたら…」と夢を語った。
 強く自己主張するような鋭い目と、落ち着いた話しぶり。自身の心の叫びを歌う高校3年生の家入レオは「大人」と「子供」とが共存しているように見える。
 「まだまだ、子供だと思います。いたずらが大好きなんです。(高校の)現代文のテストが87点だったので、さっき、(スタッフに)自慢をしに行きました」
 屈託のない笑顔に、女子高生っぽさがのぞく。13歳で尾崎豊さんの「15の夜」に触発され、絢香(24)やYUI(25)を輩出した「音楽塾ヴォイス」に入校。昨年春に福岡から単身上京すると、今年2月発売のデビュー曲「サブリナ」がいきなりオリコン9位を記録。2枚目の「Shine」はフジテレビ系ドラマ「カエルの王女さま」主題歌に抜てきされ、10月の初アルバム「LEO」はチャート2位に入った。
 「この1年は充実していましたし、必死でした。福岡にいた頃は、すごく自分に自信がなかったんですが、今は、そのままの弱い自分でも受け止めて下さる方がいて…周りの方々の優しさを知ったことで、(自ら作る)曲が柔らかくなりました」
 日々感じる、17歳ならではのさまざまな「葛藤」を歌詞に乗せる。新曲「Bless you」は、「愛なんていつも残酷で もう祈る価値ないよ」と、胸をえぐられるような重たいメッセージが込められている。
 幼少期、両親と離れて親類の家を転々としたつらい経験をさらけ出し、曲に乗せた。
 「最初は怖くて、歌詞にできなかった。でも、『今、小さい頃の記憶に向き合わなかったら、ちゃんと大人になれないな』と思って…周りも支えてくれたので『ここで向き合おう』と。夜中に一人、歌詞を書いている時は、入り込み過ぎて『ウワーッ』ってなりました」
 そのリアルな歌詞が幅広い世代からの共感を得た。同じ思いを持つ高校生は「曲を聴いてラクになりました」と言い、親世代からは「もっと子供を愛そうと思いました」などと、多くのメッセージが届けられた。
 曲を発表するごとに支持を広げ、「第54回レコード大賞」の新人賞(4人)を受賞した。ちょうど1年前。1人、テレビで受賞アーティストの授賞式を見ていたそうだ。
 「テレビに出演することも想像ができなかったので、今回このような賞を頂けるなんて…本当に信じられません。音楽を始めた時、自分は一人だから『音楽しかない』と思っていました。でも、過去の自分に『音楽がたくさんのすてきな出会いを私にくれるよ』って伝えたいですね」
 今月13日に18歳となり、来年3月には都内の高校を卒業する。進学はせず、“歌手一本”で勝負する覚悟だ。
 「卒業後は(高校生という)肩書がなくなるのが怖い。『歌手』は、周りから認められて初めてなれるものなので…しばらくは『無職』が続くのかな。でも、今は大学で見つけることよりも、もっと広い世界でいろんなことを吸収したい。将来は日本武道館や東京ドームでやらせていただけたら…今を大切にしながら、歩いていたらきっと、そこが見えてくると思う」
 「女子高生」から「歌手」へ―。葛藤を歌詞に込めながら、家入の挑戦は続いていく。
 ◆家入レオ(いえいり・れお)1994年12月13日、福岡県出身。17歳。幼少からピアノを始め、13歳で「音楽塾ヴォイス福岡校」に入塾、作曲活動を始める。今年2月、「サブリナ」でデビュー。シングル「Shine」「Bless you」はそれぞれオリコンチャートで7、8位に。好きな歌手は尾崎豊、YUIら。趣味は映画、読書。好きな科目は公民・日本史。血液型A。
 ◆音楽塾ヴォイス 音楽プロデューサーの西尾芳彦氏が1997年に福岡を拠点に設立した、プロのシンガー・ソングライターやボーカリストを育成するミュージックスクール。数多くの楽曲を分解し、研究したメロディー進行をつかむ「ヴォイス理論」など独自のレッスンで、多くのミュージシャンを輩出している。現在は福岡と東京に2校を構える。
 ◆12月17日から初単独ツアー 〇…家入は来年1月17日から全国4都市(福岡、大阪、名古屋、東京)で自身初の単独ツアーを開催する。「(観客と)お互いにぶつけ合いたい。劣等感を抱えていた自分を変えてくれたのは、逆に、劣等感を持っていた皆さんだったので…普段は言えない『痛い』『苦しい』『うれしい』の思いをぶつけたい」。追加2公演を含む全6公演を予定している。
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15日開幕の舞台「碧空の狂詩曲(ラプソディー)〜お市の方外伝」(24日まで、東京・大和田さくらホール)で復帰する女優の酒井法子(41)が4日、スポーツ報知のインタビューに応じた。09年11月に覚醒剤取締法違反(使用、所持)で有罪判決を受け、3年の執行猶予期間を終えた酒井は「私は人の笑顔が見たい性分なんです」と“生涯のりピー”宣言。また、近く海外をスタートに楽曲配信を再開、お蔵入りしていた幻の曲が来年発売されるなど、歌手としても“復活”する。
 ―初日まであと10日ほどです。
  「少しずつリアリティーは増してきているのですが、まだドキドキしていて…。初日まであっという間ですね」
 ―ブランクは感じませんでしたか。
  「あります、もちろん。でも、キャストやスタッフの方がいる空気感に『ああ、またここに立てた』と思いました。感極まるというより、頭が真っ白になりました。だいぶ距離感の縮まった今でも両手、両足が一緒に出ちゃいそう」
 ―肩に力が入ってしまうんですね。
  「肩の力を抜く、というのが私のテーマ。体のあちこちが痛いです。今は、毎日気絶したように寝てて、気がついたら朝。ゆっくり寝られたら夢も見るのかな。もちろん不安や自信がないといったらウソになりますが、打ち勝っていかないといけないと思います」
 ―演じる「お市の方」は、運命に翻弄される女性です。
  「(織田)信長の妹でもあり、母の愛を持って生きてきた女性。自分が役に近づくのではなくて、お市さまを自分に近づけたい。私が感じたことや見たことじゃないと表現できない。生きてきた経験を投影したい」
 ―演じることはやっぱり楽しいですか。
  「楽しいですね。原動力? 『好き』ということ。理屈じゃない。昨日も(演出の)斎藤歩さんが、最後の歌の場面で『よくできるよな、いきなり歌なんて』とおっしゃってて。ひどいですよね、斎藤さんが書いたのに。でも『よくできるな』ということができるのが『好き』ってことなんだなと思う」
 ―クライマックスの歌について教えてください。
  「今日(4日)、レコーディングだったんです。お市の方と(夫の)柴田勝家の辞世の句をテーマに、鎮魂歌のような、子守唄のような…。曲といい、詞といい、そういう作りになっている。私の場合は息子ですが、お市さまの場合は娘。女性というより母性で歌う曲だと思います」
 ―この3年間、マスコミは正直、敵でしたか。
  「敵、というより怖いと思いました。今までは『法子ちゃん』って呼んでくれたり、知ってる方もいっぱいいたのに、自分がやってしまったことで…。歩いていたらいきなり撮られたり、そういうのが怖かった」
 ―死にたいと思ったことは?
  「死にたい、と思ったから死ぬわけではないですが、立ち上がれない気持ちになってしまうことはよくありました。今でも心が折れそうになることはありますが、今の状況には感謝もしています。そんなこと思っちゃダメだよねって」
 ―今後も事件のことがつきまといますが、女優として生きる覚悟は。
  「まだ、自分が殻の中にいるようなところもあって…。そう言っていいのか、思っていいのかというのはもちろんあるけど、自分から(女優だと)話して、堂々とやっていかなくちゃ」
 ―正直、3年前に戻りたいと思いますか?
  「今まで思ったことなかったんですけど、戻れたらいいですね、アハハ…。そんな人生が選べるのなら、失敗しない人生が選びたかった」
 ―3年間はどういう時間でしたか?
  「…。後から振り返ると、貴重な時間だったって心から思えるときが来るんじゃないかな」
 ―いま、誰のために生きている?
  「もちろん自分のためでもあるけど、子供のためにも元気で明るく生きていけたらと思います」
 ―長男は、舞台を見る?
  「見に来てくれるらしいです。どこかタイミングのいいときに。泣いちゃうかも? そうですね。(復帰会見は)見ていないです。中学生は忙しいし、そんなに詳しくは話してないですね」
 ―心が折れそうなときの支えは、やっぱり子供?
  「はい。優しいんですよ。『頑張ってね』って言ってくれて。男の子はかわいいです」
 ―事件のあと、息子に遠慮したり、怒れなくなったりしましたか。
  「そういう部分もありましたけど、でもちゃんと怒ってあげないと…。それが愛情ですからね」
 ―保釈されたとき、最初に息子さんに会ったときを覚えてますか。
  「胸に迫るものはありました。抱きしめた? はい。彼も頑張ったんだなっていう顔をしていて『ママ、ダメだよ』って許してくれました。その時の表情というか…(覚醒剤を)断ち切る支えになったのは子供の存在が大きかった」
 ―会見で消したと言っていたタトゥーは。
  「詳しくは覚えてはいないんですが、この3年間のわりと早い時期に消しました。今、体のどこにもありません」
 ―介護の勉強については、続けていけば何らかの資格が取れたんですか。
  「国家試験(介護福祉士)が受けられる資格だったと思います。形にできるかは分からないですが、学んだことを生かしていきたいなと…」
 ―ヘルパーになる自分は想像できなかった?
  「模索中でした。コンピューターで課題を提出して回答が戻ってくるけど、大学はいろんな教科がある。私は高校しか卒業していなかったのでこれが介護に必要?って戸惑いが多かった。でもコツコツ学んだことは無駄じゃないし、今の私にすごく必要だった」
 ―復帰会見で「マンモスうれピー」という「のりピー語」を言えてしまうのがさすがですね。
  「申し訳なかったです。あの場でああいう…まさかって。でも、みなさんの笑顔を見て(のりピー語の)その先に、喜んでくださるのかな、と思うと…。正直『言っていいのか』と思ったけど、つい言っちゃう。そういう性分なんですかね」
 ―やはり、のりピーとして生きていくんですね。
  「はい」
 ◆酒井法子(さかい・のりこ)1971年2月14日、福岡市生まれ。41歳。化粧品メーカーのコンテストに入選したのをきっかけに、86年のドラマ「春風一番!」でデビュー。87年に「男のコになりたい」で歌手デビューし人気アイドルに。95年には「碧いうさぎ」でNHK紅白歌合戦に出場。ドラマの代表作は「ひとつ屋根の下」「星の金貨」など。台湾、香港、中国でも人気になった。98年に結婚、翌年長男を出産。2010年に離婚。血液型B。
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富士川の戦いで大敗した平清盛(松山ケンイチ)。平家はすでに武門ではないという忠清(藤本隆宏)の言葉は、清盛の心に強く刻まれる。さらに高倉上皇(千葉雄大)が危篤となり、棟梁の宗盛(石黒英雄)は劣勢を挽回するため、都を京に戻すべきだと涙ながらに訴える。清盛は悩んだ末、夢の都・福原を離れるという苦渋の決断をする。一方、源頼朝(岡田将生)は東国を平定し、鎌倉で新たな国づくりを始めていた。ある日、頼朝は弁慶(青木崇高)から若き日の清盛を聞かされる。祇園闘乱事件で神輿に矢を放ち、武士の世の到来を世間に印象づけた清盛。頼朝はその話を知り、今やその志を受け継ぐのは自分の役目だと自覚する。京で巻き返しをはかる清盛のもとに、知らせが届く。南都(奈良)・興福寺を攻めた平家軍が、あやまって東大寺の大仏を炎上させてしまった!
 早期胃がんで都内の病院に入院しているお笑いコンビ「雨上がり決死隊」の宮迫博之(42)が7日、手術を行い、無事に成功したことを所属事務所が発表した。
 手術時間は予定していた通りの5時間。複数の医師が執刀し、2センチ程度のがんができた胃角と呼ばれる部分を含む胃の下側を腹腔(ふくくう)鏡を使って切除した。腹部に2〜3センチの穴を4つ開けて管を通して行う手術法で、開腹手術より患者の体力的負担が少ないと言われる。術後の経過は良好という。
 世田谷井上病院の井上毅一理事長によると「早ければ数日で歩くことも可能。2週間くらいで通常の食事ができる」。2〜3日でおならが出れば、「胃腸の調子が整ってきた証拠」で回復の目安になるという。
 進行度を表すステージは初期にあたる「1A」期だが、井上理事長は「その程度であれば、再発の可能性が少ないので、これまで通りの生活に戻れる。若くて体力があるので、早ければ年末の仕事復帰も可能」と説明した。
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 歌舞伎俳優の中村勘三郎(なかむら・かんざぶろう、本名・波野哲明=なみの・のりあき)さんが亡くなった5日、長男の中村勘九郎(31)、次男の中村七之助(29)は悲しみを抱えたまま、京都・東山区の南座で上演中の「當る巳歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」に予定通り出演した。夜の部の口上で勘九郎は「父が名乗り、戦い、魂込めた勘九郎の名跡を6代目として襲名する運びとなりました。父のことを忘れないでください」と涙ながらにあいさつ。父を亡くした息子の心情を吐露した。
 悲しみをこらえられなかった。共演者ら16人が並ぶ中、勘九郎は口上で言葉を絞り出した。「襲名披露公演ができるのも父のおかげ。父・勘三郎、母・好江の間に生まれたことを誇りに思います」と言った後は言葉が続かなかった。10秒以上の沈黙に、客席から「頑張れ!」の声が飛んだ。
 「親孝行と言ってくださいましたが、何もできておりません。もっといっぱい芝居をしたかった。飲みたい酒もいっぱいあった。でも、一番悔しいのは父でございます。大好きな芝居がもうできない。本当に無念です」。声を震わせる勘九郎に、客席からはすすり泣きが聞こえた。
 虫の知らせだったのかもしれない。4日の公演終了後に「ちょっと様子を見てこようか」と七之助とともに東京の病院を訪れると、すでに話せない状態だった。最期をみとった後、一睡もせず、この日早朝の新幹線で午前9時15分ごろに南座入り。襲名披露の「寿曽我対面」では、父を殺した敵と対面する曽我五郎時致を演じた。勘三郎さんも1985年10月に名古屋・御園座で演じており、父をほうふつさせるような威勢の良い荒々しさで初役を熱演し、客席からは大きな拍手と「中村屋!」の掛け声が飛んだ。
 一方、七之助は「去年は祖父(中村芝翫)を、今年は父を、偉大な2人を2年で亡くし、本当にどうしていいか分かりません。父にも『兄の襲名(披露公演)を全力で支えろよ』と。今はその言葉を支えに芸道に精進する所存でございます」と言葉を詰まらせながらも、堂々と口上を述べた。
 もちろん、悲しんでばかりはいられない。勘九郎は「前に進まなければなりません。前に進まなければ怒られます。中村屋スピリッツを受け継ぎし一門皆で一生懸命精進、切磋琢磨(せっさたくま)し、いい芝居を作り上げることをお約束します。父のことを忘れないでください」と中村屋を背負って立つ覚悟を口上の最後で示した。
 2人はこの日も、深夜に帰京、父が待つ自宅へ。10、11日には葬儀もあるが、勘九郎と七之助は26日の千秋楽まで出演予定。大好きな父から継いだ、偉大な名前に恥じない活躍を見せることが、一番の供養になるはずだ。
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