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 ◆セ・クライマックスシリーズ最終S ▽第4戦 ヤクルト3─2巨人(17日・神宮)
 巨人・原辰徳監督(57)が17日、今季限りでの辞意を球団側に伝えた。この日、クライマックスシリーズ(CS)最終ステージ(S)第4戦のヤクルト戦(神宮)に敗れ、今季の全日程が終了。試合後に桃井恒和球団会長(68)が明らかにした。19日には読売新聞東京本社内で、渡辺恒雄取締役最高顧問(89)、白石興二郎オーナー(69)らと話し合いの場が持たれる予定だが、原監督の意思は固く、このまま勇退となる見込みだ。
 夢は途絶えた。力及ばず、CS敗退が決まった。原監督は左翼へと足を運び、巨人ファンが待つレフトスタンドに向かって3度、頭を下げた。「1年間応援してくれたファンの方に、『こういう結果になって残念だったけど、最後まで応援してくれてありがとうございました』と言いたい」。こう言い残し、クラブハウスへと消えた。
 ここから事態は一気に動いた。試合終了から約20分後、桃井球団会長が神宮球場内で取材に応じ、原監督が今季限りでの辞意を球団側に伝えたことを明かした。「監督から、辞任の申し出があった。(白石)オーナーにも伝えました。オーナーは『直接会って、自分で監督の気持ちを聞きたい』ということで、月曜日に読売に来てもらって、今後のことを相談したいと」と説明した。現状は球団が辞意を預かっている状態。19日に読売新聞東京本社内で、渡辺最高顧問ら球団首脳も同席の上で会談し、去就の結論を出す方針だ。
 突然の辞意表明だった。原監督はリーグ4連覇を逃し、さらに日本一奪還の目標も達成できなかった責任を痛感しているという。また、桃井球団会長は「(監督を)10年やって新陳代謝が必要だと考えた、とも言っていた」と説明。今季で2年契約が満了する節目でもあり、ユニホームを脱ぐ意思を固めたようだ。
 監督通算12年で7度のリーグ優勝、3度の日本一を達成。原監督は常に、ナインとの対話を重視し、チーム一丸をモットーにやってきた。1年ごとにチームの進化を求め、「だから常に新鮮な気持ちで臨める。チームは生きているからね」が口癖だった。だが、今シーズンはチームの軸に指名した阿部、村田、坂本、長野の不振が響いた。チーム打率はリーグワーストの2割4分3厘。しかし、近年にはないチーム状態でも、優勝したヤクルトとは最後まで競り合い、1・5ゲーム差の2位で終えたことを、球団側は高く評価していた。
 19日に去就の最終結論が出るが、原監督の退団は避けられないだろう。球団側はこれまで、万が一に備えての後任候補を選定しておらず、一からのスタートとなる。外部からの招へいや内部昇格も含め、新監督を選考していくことになる。だが、巨人での監督在任期間としては、長嶋茂雄の15年、川上哲治の14年に次ぎ12年で歴代3位の名将だけに、後任探しは難しく、長期化は避けられないと見られる。じっくりと調査を重ねた上で、後継者にふさわしい人物を絞り込んでいくことになる。
 ◆原 辰徳(はら・たつのり)1958年7月22日、福岡県大牟田市生まれ。57歳。東海大相模高―東海大を経て、80年ドラフト1位で巨人入団。81年に新人王、83年は103打点で打点王とMVP。95年に現役引退。99年に野手総合コーチとして巨人復帰。ヘッドコーチを経て、02年に監督就任し、リーグ制覇、日本一。03年オフに退団し、06年に巨人監督に復帰。09年、第2回WBCで日本代表監督に就任し世界一に輝くと巨人でもリーグ3連覇、日本一。12年からは再びリーグ3連覇を果たした。181センチ、88キロ。右投右打。
  • 試合終了後、まぶたの腫れを処置する亀田興毅
 
 ◆プロボクシング ▽WBA世界スーパーフライ級(52・1キロ以下)タイトルマッチ12回戦 ○河野公平(判定3─0)亀田興毅●(16日、米イリノイ州シカゴ UICパビリオン)
 日本人初の世界4階級制覇を目指していたWBA世界スーパーフライ級2位の亀田興毅(28)=亀田=が、同級王者の河野公平(34)=ワタナベ=に挑戦し、0−3の判定(108−116、109−115、111−113)で敗れ、タイトル奪取に失敗した。試合後の取材で「この試合が終わったらやめようと思っていた。きれいさっぱりやめる」と語り、現役引退を表明した。
 発言の要旨は以下の通り。
 −試合の感想は。
 「河野選手もよく頑張っていたし、俺も必死にできた。試合が楽しかった。いい試合ができた。ただ、心の残りは2回の(スリップと判断された)左ボディーでのダウンと2つの減点。世界戦で前半にあれだけのポイントロスがあると、戦い方が全然変わってくる。実際にポイントもそれほど開いてなかったし。あそこが勝負の分かれ目。勝負の神様が俺にほほえんでくれなかったということ。でも別に何の悔いも残っていない」
 −今後については。
 「この試合が終わったらやめようと思っていたから、これ以上先はない。俺は30歳までに引退すると決めていたし、きれいさっぱりやめますよ。そりゃ勝って終わるのが一番きれいだけど、3階級制覇もしたし、すごく満足している。いいボクシング人生を歩めたと思う」
 −なぜこの試合で終わりと決めるのか。
 「あくまでもボクシングは俺の人生の一つで、すべてではない。人生はこれ以上先もあるし、ほかにもいろいろとやりたいことある。だからボクシングにそこまで執着してないし。俺はほかのボクサーと違うから、きれいさっぱり辞めます。この試合に向け、盛り上がったし、よかったんじゃないですか? 激しい打ち合いになったり、見ている人と面白かったと思う。ただ、これだけの好ファイトなのに、レフェリーが水を差すような形になったのが残念」
 −家族にも伝えていたか。
 「嫁さんに『これがラストマッチ』とずっと話していたし、大毅と和毅にも言ってある。試合が決まる前、去年ぐらいには周りに引退の意志を明かしていた。試合はなかなか決まらなかったけどな」
 −体がボロボロになる前に辞めたかった?
 「それが一番いいでしょ。俺も家族がある身だし…。体がボロボロになるまで、やるものじゃないと思う」
 −引退後はボクシングに携わるのか。
 「まだ、そこまで何も考えてないですよ」
野球日本代表「侍ジャパン」の小久保裕紀監督(44)が9日、日本と台湾で初開催される国際大会「プレミア12」(11月8日〜21日)の最終ロースター28選手を以下の通り発表した。
 ▽投手(13人)菅野智之、沢村拓一(以上巨人)藤浪晋太郎(阪神)大野雄大(中日)前田健太(広島)山崎康晃(DeNA)則本昴大、松井裕樹(以上楽天)大谷翔平、増井浩俊(以上日本ハム)武田翔太(ソフトバンク)牧田和久(西武)西勇輝(オリックス)
 ▽捕手(3人)嶋基宏(楽天)炭谷銀仁朗(西武)中村悠平(ヤクルト)
 ▽内野手(7人)中村剛也(西武)松田宣浩(ソフトバンク)中田翔、中島卓也(以上日本ハム)坂本勇人(巨人)山田哲人、川端慎吾(以上ヤクルト)
 ▽外野手(5人)秋山翔吾(西武)平田良介(中日)柳田悠岐、内川聖一(ソフトバンク)筒香嘉智(DeNA)
  • ラスト登板を終えた山本昌は、両チームのファンからの大声援を受けながらベンチに戻る
 
  • ラスト登板を終えた山本昌(右)は、美智子夫人から花束を受け取り涙を流した
 ◆広島0―3中日(7日・マツダスタジアム)
 今季限りでの現役引退を表明した中日の山本昌投手が、今季最終戦に50歳1か月26日で先発。プロ野球史上初めて50代で登板と出場を果たしたレジェンド左腕は、広島・丸を3球目で二ゴロに仕留め、32年間のプロ野球生活に終止符を打った。
 ひっそりと宙に舞ったのも山本昌らしかった。CS進出を逃した鯉党の心情に配慮し、胴上げは試合後のブルペンで非公開で行われた。背番号34の数字を足して計7回。サプライズで名古屋から駆けつけた山井、浅尾ら1軍登録を外れている選手も輪に加わっていた。「重い、重いと言われました」と笑ってから、「あしたから練習しなくていいんだ。寂しいね」とつぶやいた。
 打者1人限定の先発。通算1万3862人目の打者・丸に対して初球はワンバウンド。2球目も低めに外れてカウント2ボール。3球目も高めに抜けたが二ゴロに打ち取った。3球とも伝家の宝刀・スクリューボールだったが、最後にふさわしいと選んだ球種ではない。「真っすぐを投げたかったけど、人さし指にかからないから」。1軍初登板だった8月9日のヤクルト戦(神宮)で投球中に痛め、引退の引き金となった故障は、最後まで癒えることはなかったが「もう壊れてもいいんだ」と腕を振った。
 50歳1か月26日。ジェイミー・モイヤーのメジャー最年長勝利記録(49歳180日)は超えられなかったが、プロ野球初の50代での出場という大記録を達成した。「人ごとなんですよね。夢中で突っ走った結果かな」。マウンドを降りると涙が頬を伝い、美智子夫人(34)から花束を贈られると号泣に変わった。敵地のバックスクリーンには入団からをまとめた映像が流れた。球団最多219勝。世間のおじさん世代に夢と希望を与えた「中年の星」は「中日ファンのみならず、全国の野球ファンにかわいがられた」と胸を張った。老いた肉体にムチを打ち続けた32年間に、ついに幕が下りた。
 ◆山本 昌(やまもと・まさ)本名は山本昌広。1965年8月11日、神奈川県生まれ。50歳。神奈川・日大藤沢高から83年ドラフト5位で中日に入団。米国留学で習得したスクリューボールを武器に活躍。これまでに最多勝を3度、ベストナインを2度、最優秀防御率と最多奪三振を1度ずつ受賞。94年には沢村賞に輝いた。2006年には史上最年長でノーヒットノーラン、08年には通算200勝を達成。181センチ、80キロ。左投左打。年俸は4000万円。
世界ランク12位の日本が11位のサモアに26―5で完勝。決勝トーナメント進出に望みをつなげた。開始から敵陣で攻め続け、前半にウィング山田章仁(パナソニック)のトライなどで20―0とリード。後半も堅守でサモアの反撃を1トライに抑えた。W杯で初の1大会2勝目を挙げ、勝ち点を8に伸ばした。次戦は11日(日本時間12日)に米国(同16位)と対戦する。
 白星が遠くて遠くて仕方なかった姿は、すっかり過去のものになった。日本は“横綱相撲”でサモアを圧倒した。初の1大会2勝。自国開催の19年W杯へ向け、ラグビー強国への仲間入りを果たした瞬間だった。
 試合前に掲げたテーマ「FIRST TO ACT(先制攻撃)」通りの立ち上がりだった。開始から敵陣で一方的に攻め、五郎丸のPGで先制。同16、19分にはサモアが立て続けのシンビン(10分間の退場)で13人となった。数的優位を生かして同24分に敵陣ゴール前でスクラムを押し込み、サモアがたまらずスクラムを崩して認定トライ。終了間際にはウィング山田が相手タックルをかわして右隅に技ありのトライを決めて、20点リードで前半を折り返した。
 エディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC、55)が「世界で最もパワフル」と評したサモアの攻めに対し、「世界一の練習をしてきた」(リーチ主将)運動量で空転させた。試合前、指揮官は「相手が肉弾戦で来るなら、我々はボールを動かし続ける。ボクシングで言うとKOを狙うのではなく、ジャブでポイントを稼ぐんだ」と、勝利のシナリオを描いていた。
 エディーHCが掲げる日本独自のスタイル「ジャパン・ウェー」の大きな柱が、アタックシェイプと呼ばれる攻撃陣形だ。密集から展開する際、SHとSOの周囲にFWを配置。ボールを動かすと同時にFWが走り込み、多くの選択肢を作ることで相手に的を絞らせない。豊富な運動量で「シェイプ」を重ねていくうち、サモアの足は明らかに止まった。軽いジャブでもクリーンヒットを重ね、ダメージを与えた。
 後半もミスと反則を犯し続けるサモアと対照的に、日本のペースは衰えない。8分に五郎丸が25メートルのPGを決め、さらにリードを広げた。山田がタックルに入った際、頭部を強く打って交代するアクシデントはあったが、PGでさらに追加。終盤の反撃をしのぎ、快勝を飾った。
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