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人気グループ・嵐の二宮和也(32)が、日本テレビ系「24時間テレビ38 愛は地球を救う」(22、23日放送)の戦後70年特別企画「二宮和也、硫黄島へ行く」で太平洋戦争の激戦地だった硫黄島(東京都小笠原村)に初めて上陸した。日米合わせて5万人の戦死傷者が出た小さな島で、戦争の悲劇の記憶と当時の日本兵の思いを後世につなぐ役割を果たす。
今月3、4日に二宮は硫黄島を取材した。防衛省管理下で一般人の立ち入りが原則禁止されており、特別許可を得ての上陸。クリント・イーストウッド監督(85)の2部作戦争映画で、日本側の視点で描いた「硫黄島からの手紙」(06年)で日本兵を演じた二宮にとって、特別な場所だ。撮影はほぼ米国で行われ、硫黄島に訪れる機会はなかった。
数々の戦争映画、ドラマに出演してきた二宮は「ここに来たのは運命」と話す。戦後70年の年に自ら演じたシーンの実際の場所に足を踏み入れ、「なにか(ここに眠る英霊に)連れてこられたような気がする」と感じたという。島を象徴する摺鉢山を望み、思いをはせた。
硫黄島は日米双方にとって重要な戦略拠点だった。アメリカにとっては陥落させれば本土空襲の前進基地となり、日本にとってはそれを防ぐために死守すべき島。圧倒的に戦力で劣る日本は島中に穴を掘って潜伏し、米兵を迎撃する通称「モグラ作戦」を展開。長期戦に持ち込んだが、想像を絶する過酷な環境下。地下壕(ごう)はガソリンが流し込まれ、火炎放射器で焼き払われたり、外に出れば爆撃された。帰還兵の秋草鶴次さん(87)を取材した二宮も実際に入ってその狭さや暑さに驚いた。
決死の抵抗を続けた日本兵の多くが、硫黄島から家族への思いがあふれた手紙を送った。二宮は、そのうちの1人で戦死した平川良雄さん(当時42歳)の遺族を取材し、託されたある願いを果たす。「この機会を与えていただき、感謝しています。ご依頼をいただいた平川さんの思いとともに入島しました。みなさまには“今”の硫黄島を見ていただきたい」と二宮。戦跡を巡る中で薄れつつある戦争の記憶をつないでいく。
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