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映画やドラマで幅広く活躍した女優の淡路恵子(あわじ・けいこ、本名=井田綾子)さんが11日午後5時24分、食道がんのため都内の病院で死去した。80歳だった。昨年7月、直腸とのどにがんが見つかり入院。病床では趣味のゲームをしながら、仕事復帰を熱望していたという。「駅前」「社長」シリーズなど昭和の名作映画では欠かせない存在に。プライベートでは2度の結婚、離婚を経験するなど、波乱万丈な人生をたくましく生き抜いた豪快女優だった。
この日夜、淡路さんの遺体が安置された東京・池袋の仙行寺で、長男で俳優の島英津夫(52、本名・井田晃一郎)が会見。淡路さんは昨年6月、検査で直腸と食道のがんが明らかに。7月に入院し、直腸の摘出手術を行った。医師からは家族に「(昨年)12月までもつかどうか」と余命宣告があったという。
人工肛門をつけ、食道のがんは抗がん剤で治療。一時は回復したものの、10月に再検査した際には、1・5センチだった食道の腫瘍が5センチに拡大していた。同30日には島に「写経をしたい」とせがみ、「南無妙法蓮華経」と3回記した半紙を「お母さんの形見と思って」と渡したという。
入院中は、趣味のゲーム「ドラゴンクエスト」などに興じ、ベッドではドラクエの人気キャラクター・スライムのクッションを片時も離さなかった。体重は激減し、痛み止めのモルヒネを使用するなど体は弱っていたが、復帰への意志は強かった。9日に淡路さんが所属する事務所の小林香代子社長(67)が見舞った際も「早く帰りたいわ」と話していた。
遺作となったのは昨年11月9日公開の映画「四十九日のレシピ」。女優業以外での最後の“仕事”は同10月のTBS系特番「嵐を呼ぶあぶない熟女」で、病床からメッセージを寄せていた。
淡路さんは松竹歌劇団(SKD)の研究生時代の49年に黒澤明監督に抜てきされ、本名の「井田綾子」で映画「野良犬」でデビュー。その後、大ファンだった淡島千景さんから「淡」の字をもらい、黒澤監督から「恵子」と名付けられ、現在の芸名を名乗った。健康的な色気のある演技で、松竹の「この世の花」シリーズ、東宝の「駅前」「社長」シリーズ、クレージーキャッツの映画など、多くの作品にレギュラー出演した。
私生活でも注目を集めた。20歳でフィリピン人歌手のビンボー・ダナオ氏と結婚し、2人の男児をもうけるも65年に離婚。66年に歌舞伎俳優の萬屋錦之介(当時は中村錦之助)さんと再婚し女優を一時引退。87年に離婚し、女優に復帰した。
また、錦之介さんとの間にもうけた三男を90年に交通事故で、四男を2010年に自殺で相次いで亡くした。仙行寺の裏の墓地には四男が眠っており、島は「近くにいさせてあげたかった」と同所に安置した理由を明かした。
壮絶な経験から裏打ちされた歯に衣(きぬ)着せぬ発言は、視聴者の心をつかんだ。最近ではフジ系「アウト×デラックス」のコメンテーターとしても活躍中だった。葬儀・告別式の日取りは未定。喪主は島が務める。
◆淡路 恵子(あわじ・けいこ)1933年7月17日、東京都生まれ。高校を中退しSKD入り。49年に黒澤明監督の「野良犬」で映画デビュー。57年に「太夫(こったい)さんより 女体は哀しく」、「下町」でブルーリボン賞助演女優賞を受賞。65年にフィリピン人歌手のビンボー・ダナオと離婚し、66年に萬屋錦之介と再婚、引退。87年に離婚後、女優に復帰。「駅前シリーズ」や「社長シリーズ」など多くの作品に出演。
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