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坂の上の雲

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秋山好古

秋山 好古(あきやま よしふる、安政6年1月7日1859年2月9日)- 昭和5年(1930年11月4日)は、日本陸軍軍人階級及び位階勲等功級陸軍大将従二位勲一等功二級。幼名は信三郎。
陸軍騎兵学校を参観に来たフランス軍人に「秋山好古の生涯の意味は、満州の野で世界最強の騎兵集団を破るというただ一点に尽きている」と賞されているとおり、日本騎兵の父と云われた。
日本海海戦で、先任参謀として丁字戦法を考案、バルチック艦隊を撃滅した秋山真之は実弟にあたる。
  • 風貌は特徴的な鼻から「鼻信」とあだ名され、長身で色白、大きな目であり、陸軍大学校時代には教官のメッケルからヨーロッパ人と間違えられたというエピソードがある。
  • 青年期の頃から眉目秀麗と称賛され、故郷の松山や留学先のフランスでは女性にかなり人気があったという。しかし彼自身は「男子に美醜は無用」という価値観を持っていたため、自分の容姿を決して鼻にかけることはなかったという。
  • 士官学校教授だった作家の内田百間は「意地の悪そうな顔」とも記している。
  • 酒を非常に好み、戦場でも水筒の中に入れ持ち歩いていた。それだけでは足りず、従兵が気を利かせて、従兵の水筒にも酒をつめていた。騎乗で身を乗り出し従兵の水筒の酒を飲み干すなどの曲芸まがいの事が出来部下たちを感嘆させた。しかし酔って自分を見失ったり判断を誤ったりすることはなかった。過度の酒好きにより晩年は重度の糖尿病を患っていた。
  • 極度の風呂嫌いで、日露戦争中に入浴したのはたったの2回だけだったと云う。軍服も全く洗濯せずに着用し続けていた為シラミが湧き、近くにいるだけでも異様な悪臭が漂う程だった。部下や同僚が入浴し身体を清潔にする様に何度となく勧めたが「軍人たるもの戦場においてはいつ何時でも敵に対処出来る様にしなければならない(入浴している間に異変があった時対処出来ない)」「風呂に入る為にこれ程遠い戦場まで来たのではない」と言って断っていた。
  • 福澤諭吉を尊敬しており、自身の子のみならず親類の子もできるだけ慶應義塾で学ばせようとした。
  • 書に長けており、退役後は揮毫を頼まれることが多かった。松山市の近辺には好古の揮毫した石碑等が多数置かれている。
  • 晩年は自らの功績を努めて隠していた。校長就任時に生徒や親から「日露戦争の事を話して欲しい」「陸軍大将の軍服を見せて欲しい」と頼まれても一切断り、自分の武勲を自慢する事は無かった。
  • 愛媛県伊予市の伊予港(郡中港)にある藤谷元郡中町長の胸像の碑文の原本は、秋山によって認められたものである。
  • 弟・秋山真之が生まれた際、生活苦から寺へ出そうかと話がでたが、「将来あし(自分)が豆腐(の固まり)ほど厚い金を稼ぐからに、弟を寺へやらないでくれぞなもし」と両親へ懇願した。
  • フランス留学中、腸チフスに罹る。医者に診てもらわずに自力で治したためか頭髪が全て抜ける。
  • 非常に質素な生活を送り、贅沢を嫌った。例えば、食事の際のおかずは沢庵漬のみ。真之が居候をしたときも食器は1つで使いまわす。足袋を履かせない。他の兄から貰った縮緬の帯を使わせない。下駄の鼻緒を直している暇があるなら裸足で行け、など。
  • 欲の無い人物として知られている。凱旋した際、給料や品の多くは部下に与えていたため、目録や明細書ばかりカバンに入っていた。
  • 第二回万国平和会議に参加。各国委員会による演説が行われても鼾をかいて居眠りをしていた。一緒に参加していた都筑馨六から注意されると「演説の要領は分かりましたよ」と応えたという。
  • フランスに騎兵留学中、当時の陸軍の最高位にあった山縣有朋にフランス軍内の高級軍人へのお使いを頼まれたことがあったが、使いの途中の電車内において酒を飲みすぎ、居眠りした揚句、置き引きにあっている。
  • 陸軍大学校で、学生たちに騎兵の特徴(高い攻撃力と皆無に等しい防御力)を説明する際、素手で窓ガラスを粉砕。血まみれの拳を見せ、「騎兵とはこれだ」と示した。
  • 中学校長時代は、「学生は兵士ではない」とし、学校での軍事教練を極力減らし、また生徒らの見聞を広めるために修学旅行先に当時日本の統治下にある朝鮮を選んだ。
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第9回「広瀬、死す」

1904(明治37)年2月5日、連合艦隊司令長官・東郷平八郎(渡哲也)のもとに命令が下り、翌日、連合艦隊は佐世保港から出撃する。真之(本木雅弘)は参謀長の島村速雄(舘ひろし)とともに作戦を練る。
同日、日本はロシアに対して国交断絶を通告。夜のうちに旅順港に停泊している敵軍艦を沈めるという奇襲作戦を実施する。これによって皇帝ニコライ二世(ティモフィー・ヒョードロフ)も宣戦布告を発する。
一方日本では、騎兵第一旅団の旅団長をしていた好古(阿部寛)が出征を控え準備を整えていた。
三笠では、有馬良橘(加藤雅也)が港内に閉じこもるロシア旅順艦隊に対し閉塞(へいそく)戦を試みることを提案。真之は乗組員の生還率の低さから反対するが、東郷は作戦を受け入れる。広瀬(藤本隆宏)も指揮を執り作戦を実行するが最初の閉塞作戦は失敗する。
二度目の閉塞作戦が実行されるが、旅順口に達した閉塞隊は集中砲火を浴びる。広瀬が指揮する福井丸の乗組員は爆薬を仕掛けた船を離れ、短艇に乗り込み脱出を図るが、広瀬は砲弾を受けて落命。海軍の閉塞作戦は再び失敗に終わる。
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第8回「日露開戦」

1903(明治36)年、真之(本木雅弘)と季子(石原さとみ)は結婚する。清国から戻り騎兵第一旅団長となっていた好古(阿部寛)は、ロシア陸軍の演習に招待される。それは世界一と自負する陸軍を見せることで、ロシアに対する戦意をくじこうとする作戦だった。
日露開戦が避けられないことを理解している児玉源太郎(高橋英樹)は、対露戦研究の権威であった陸軍の参謀本部次長が病死すると、異例の降格ともいえる人事を自ら望んで後任についた。そして休職中の乃木希典(柄本明)を陸軍に復帰させる。
一方、海軍大臣の山本権兵衛(石坂浩二)は、艦上勤務を離れ舞鶴にいた東郷平八郎(渡哲也)を連合艦隊司令長官に任命。真之は、東郷から作戦参謀を任命され、艦隊が集結する佐世保に向かう。
宮中では、行き詰まりを見せる対露交渉についての議論が交わされていた。日本政府は、外交交渉による前途に絶望して何度か断交しようとするが、そのつど明治天皇(尾上菊之助)は許さなかった。
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第7回「子規、逝く」

1902(明治35)年、真之(本木雅弘)は海軍大学校に設けられた戦術講座の初代教官となる。高橋是清(西田敏行)と八代六郎(片岡鶴太郎)は真之の縁談を画策、真之に稲生季子(石原さとみ)を紹介する。
ロシアから帰国した広瀬(藤本隆宏)が海軍大学校に真之を訪ね、戦艦「朝日」に乗ることになったと告げる。
好古(阿部寛)は清国駐屯軍司令官に就任。駐屯地で袁世凱(薛勇)と出会い、酒をくみ交わして親交を深める。
闘病中の子規(香川照之)は、句会や「ほととぎす」の編集などに精を出していた。しかし、久しぶりに見舞った真之は、その衰弱
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した姿に胸を痛め、子規を看病する律(菅野美穂)のつらさを思いやる。それからまもなく、子規は病の進行により35年の短い生涯を閉じる。新聞で友の死を知った真之は葬儀には参列せず、遠くから葬列を見守る。
「子規逝くや 十七日の月明に」虚子
内務大臣となった児玉源太郎(高橋英樹)は、陸軍を休職して那須で暮らす乃木希典(柄本明)を訪れる。乃木は児玉から国の窮状を聞き、陸軍への復帰を決意する。
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1900(明治33)年、真之(本木雅弘)は広瀬武夫(藤本隆宏)と、イギリス・ポーツマス港で日本への回航を待つ戦艦「朝日」を見学した。ロシア駐在武官の広瀬はヨーロッパ視察中で、イギリス駐在の真之と久しぶりに再会。その後、2人は40日間のヨーロッパ旅行をともにする。
北清事変がぼっ発。8か国が連合軍を組織し、救援を待つ北京在住の外国人救援に向かう。騎兵大佐の秋山好古(阿部寛)も北京に出征。そこで、ロシア兵たちの略奪を目の当たりにする。
外国勤務を解かれて帰国した真之は、闘病生活を続ける子規(香川照之)を見舞う。子規は、カリエスの痛みと闘いながら新聞「日本」に原稿を書き、新しい俳句の世界を創造し続けていた。真之は、その姿に感動する。
ロシアとの衝突はまぬがれないと考えた日本は、日英同盟を模索する。一方、伊藤博文(加藤 剛)は戦争を回避しようと個人でロシアを訪れる。しかし、時の内閣総理大臣・桂太郎(綾田俊樹)と外務大臣・小村寿太郎(竹中直人)は日英同盟の調印を押し進め、ロシアとの戦争に備えていた。

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