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セ・リーグ記録の5年連続盗塁王に輝き、通算381盗塁の球団記録を樹立した阪神・赤星憲広。
「レッドスター」の愛称で親しまれたリードオフマンは、縦ジマのユニホームに別れを告げた心境を明かした。
涙が出る暇もなかった…。「引退」の文字が頭に浮かんできてから約1カ月。33年間生きてきた中で一番つらくて苦しい1カ月だった。いろいろなことを考えた。1日、1日で気持ちが変わっていた。きょうは“絶対にやってやる”と思っていても、次の日は不安になって“辞めようかな”とか…。今までいろいろ野球で悩んだこともあった。つらいこともたくさんあったけど、33年間生きてきた中で、これだけ悩んだことも初めてだった。最終的に「引退」という結論を出しました。
僕はプロ野球の世界に飛び込むときに今の力では通用しないと思っていた。みんな体も大きいし、強い。その彼らが100%の力を出してしまえば、全く太刀打ちできない。144試合トータルで考えると、70%ぐらいの力を持続することがプロとして大事。そういう中で僕はみんなが70%の力を出しているときに必ず、それ以上の力、80%から100%の力を出し続けなければ、彼らより上回ることはできないと思い続けてきた。
でも、このケガを今後も背負いながら80%から100%のプレーができるのか?恐怖心もある。復活したとしてもブランクがある。みんなと同じように70%の力が出せるなら、経験と技術でカバーできるかもしれない。でも50%ぐらいの力しか出せないならアスリートとしてグラウンドに立つべきではないと思った。僕のプレーを見て“赤星選手みたいになりたい”と思ってくれている人もいるだろうし。それが僕らの仕事だと思う。今まで通りのプレーができる自信が正直なかった。ファンのみなさま、ごめんなさい。そして応援ありがとうございました。(阪神タイガース外野手・赤星憲広)
別れは突然やって来た。
きっと誰もが想像もしなかった形でやって来た。
信じたく無かった、受け入れたく無かった。
思い起こせば9年前の2001年の入団会見
当時、絶対的なスターだった新庄を失った阪神タイガースに彼はやって来た
そしてこう宣言した。
「新庄さんの穴は僕が埋めます」と
今でも忘れられないシーンだ。
彼は入団1年目から新人王と盗塁王の2冠を獲得し、その後5年連続盗塁王やベストナイン、ゴールデングラブ獲得などその後の活躍は改めて説明するまでも無だろう。
だから彼は名前の通り、阪神ファンの間に彗星の如く現れた星となった。
2003年と2005年の優勝は勿論彼の活躍無しには絶対に成し遂げられない物だった。
今、阪神タイガースの一つの時代が終わろうとしている。
首位打者と打点王に輝いた、かつての天才、今岡は自由契約となり阪神を去った。
18年振りに優勝をした際のレギュラーショートの藤本はFAでヤクルトへ。
JFKの一員としてリリーフ陣を長年支えたジェフ・ウィリアムスも肩の怪我で帰国してしまった。
そして今回の赤星の一件と優勝に貢献した選手が次々と阪神を去って行ってのだ。
ただどれだけ過去を懐かしんでも、時間は戻ってこない。
だから、残されたメンバーは強い気持ちを持って、去って行った仲間たちの分まで
頑張って活躍して欲しい。
願わくば来年一年間、赤星のユニフォームをベンチに飾って
「赤星の魂と一緒に戦っている」
という意思表示を見せて欲しい物だ。
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