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ガンダム30周年記念事業として |
ガンダム思想
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http://www.youtube.com/v/M2k_3KmBHUY 7年振りに人と再会したらあなたはどんな反応を見せるだろうか? 相手が友人や恋人、家族だとしたら殆どの人達は歓喜の声をあげ喜びに浸る筈だ では再会を望んでいない相手に対してはどうだろうか? あからさまに嫌な顔をするか、もしくは再会を運命だと感じるか… アムロ・レイとシャア・アズナブルの場合は完全なる後者である ジオン独立戦争で連邦軍とジオン軍のエースパイロットとして活躍した両者は 戦争の最終局面を迎えてもはっきりとした決着は着けられなかった。 そして戦いは終戦を迎え、時だけがいたずらに過ぎ去っていた あれから7年、偶然にも再び両者は顔を合わせる事になる シャアは名前と身分を偽りクワトロ大尉として アムロはガンダムのパイロットとしての誇りを取り戻すために 運命的な再会と、その後に繰り広げられるお互いのエゴと思惑が交錯した会話や表情 主人公のカミーユ・ビダンよりも意識の中に残るクワトロ大尉とアムロ・レイの姿 これが機動戦士Zガンダムの魅力の一つだ |
ガンダムには多くの名ゼリフがあります、その中でも特に有名なのが 「殴ったね、親父にも殴られたこと無いのに」(アムロ・レイ) 「坊やだからさ」(シャア・アズナブル) これらのセリフは恐らく皆さんも、一度や二度は聞いたことがあると思います 今日は、数あるガンダムの名セリフの中から印象に残っている一つを紹介したいと思います。 それは、アムロでもブライトでもなく、シャアでもララアでも無い… ガンダムウイングに登場するトロワ・バートンとキャスリン・ブルームの間で交された言葉 トロワ「命なんて安いものだ、特に俺のはな…」 キャスリン「残されたものは泣いて暮らすしかないじゃない」 これを最初に聞いた時は、死を覚悟して、戦場に向かおうとしてる男を女性が必死に引き止めてるな 程度にしか思ってなかったのですが、今年はこの「死」を意識させられる事が多かったので このセリフを、ふと思い出したという訳なんです。 僕は6月と9月に連続して女性の友人を2人失いました 通夜で久しぶりに再会した人達も最近は当人と連絡が途絶えていたらしく 口を揃える様に「あんな元気で明るい子が何故…」と 二人とも、まだ20代前半で、何度でも、何度でもやり直しが利いたはずなのに 原因は二人とも自殺でした、何が彼女達をそこまで追い込んだのかは、未だに解ってません… ただ、両方に共通していたのは、一人で色んな事に悩んで悩んで悩みぬいて、周りに相談が出来なかった という事です、だから一人でどんどん悪い方向へ考えてしまったのではないかと思ってます 息を引き取った顔と対面した時、ご家族、親戚、友人の涙を、この目にはっきり焼き付けた時 初めて「残された者は泣いて暮らすしかない」という気持ちが解った気がしました。 天国に行ってしまった友人に一つメッセージを送れるとしたら 「君達は絶対に一人ではない、あんなにも多くの人達が悲しんでいてくれるよ」 今はこう言ってあげたいと思います。 最近、巷では学生のいじめによる自殺が多発しているニュースが非常に多くなってます 自ら命を絶つのも相当な勇気がいると思います でも、最後にもう一度、育ててくれた両親、友人の事を思い出して見て下さい その人達の悲しむ顔は見たくは無いでしょう? 嫌な事があっても、辛くても、悲しくて泣いた時でも 君達の周りには必ず支えてくれる仲間がいるんです だから簡単に命を捨てないで… 周りにそっとでも良いから相談して見て下さい 何か現状を打破する解決策が見えてくるかもしれない そうすれば新しい道は自ずと開けてくるでしょう |

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http://www.youtube.com/v/3rqjHyX3lQU ガンダムシリーズには様々な名場面があるが、今回はその中でも恋愛の面から語って行きたい。 ある程度、ガンダム作品を鑑賞しいている人なら解るかと思うがガンダムにおける 恋愛には不幸シーンが非常に多い… アムロ・レイ、シャア・アズナブルとララァ・スン→ララァ戦死 カミーユ・ビダンとフォウ・ムラサメ→フォウ戦死 これは主に作中で主役キャラ達が経験した恋愛の悲劇のまとめであるがこの他にも サブキャラ同士にもこういった傾向は非常に多く見受けられる… 相手を庇ったり、流れ弾に当たったりと舞台設定が戦場である為が故人が亡くなるのは ある程度仕方の無い事だとしても、見てる側にとってはあまりいい気はしないのが本音である。 しかしながら、富野ガンダムの中で恐らく唯一と言って良い程、まともな恋愛(人が死なない) を描いているのが1991年に劇場公開された「機動戦士ガンダムF91」である。 (ガンダムF91には後日談としてクロスボーンガンダムがあるがここでは省く) ハイスクールの同級生のシーブック・アノーとセシリー・フェアチャイルド(ベラ・ロナ) が身分の差(市民と貴族)を超えて最終的に結ばれる様が描かれている。 シーブックがクロスボーンバンガードに捕われたセシリーを助けに単独で潜入するシーンには 姫を救う王子のようにも見れるし、彼の彼女に対する強い思いがはっきりと見て取れる。 中でも印象的なのは最後の場面で宇宙空間に放り出されてしまった彼女を必死になって探すシーン F91に搭載されているバイオコンピュータを使ったにせよ、シーブックが泣きそうな顔でモニターを に目を配り、彼の息遣いからもセシリーを失いたくないというのが画面を通じて伝わって来る。 最終的にセシリーを見つけ出し、月を背にして二人で抱き合うというラストを迎えるのだが そこには確実に相手を強く思う気持ち、愛情が見て取れる。 一人の女性の為に己の身を捧げ必死になるシーブックの姿に人を愛する事は何が大事なのかを この作品は学ばせてくれた。 「めぐり合いは奇跡なの、誰よりも大切な人だと胸を張って言えるわ何時の日も♪」 エンディングテーマのこの歌詞が僕の頭の中を何時までも駆け巡った。 願わくば私自信もこのように、相手の為に必死になれる女性と出会いたいものだ。 |
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父親にとって息子とはどのような存在だろうか? |




