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合掌
「心だに 誠の道にかなひなば 祈らずとても神や守らむ」今朝ラジオを聞いておりまして
# 地デジ化以来ラジオ派に転向しております^^
# チューナー買い惜しみともmm
ゲストのあるミュージシャンがリスナーから「座右の銘は」と聞かれて
「昔は云々だったが、今は」と断って語ったのが
この菅原道真の歌です。 「藤原道長の」と聞こえたのは気のせいかも^^
解釈 太宰府天満宮のサイトより 「苦しみでなくなるのだ」という浄満寺の言葉に近いものを感じました。
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こんにちは♪
誠の道 って 遠いなあと思いましたが 案外 近くにあり 見えないだけかもと感じました。
ポチ
2011/8/14(日) 午後 4:19
あおい さんは
着実に誠の道を歩まれていらっしゃいます。
コメントならびに
>ポチ
有り難く頂戴いたします。
2011/8/14(日) 午後 8:51
人は苦しまなくては、楽にはなれない ということでしょうか。
苦しめば楽になる・・・・凡人にはちと難しいですね。 楽ばかりしていると今に後悔するぞ・・。
2011/8/15(月) 午後 7:17 [ otoshibanashi ]
深い言葉ですね〜。かみしめなくては・・
ラジオはいいですね。その場に座り込んで見なければならないテレビと違い
何かをやりながら聴ける・・これがいいです。
2011/8/16(火) 午前 9:14
眼前に広がる事象はそれを過ぎてもいなければ、不足してもいない。
その過ぎたるを、不足を思うのはただ人心の為せること・・・、素晴らしいですね。
苦しみもただの事象にしか過ぎず、その存在を決めているのは自分自身ですね。
2011/8/19(金) 午前 9:06
otoshibanashi さん
おそくなりまして申し訳ありません。
コメントありがとうございます。
わたしにも???なお言葉でしたが、
天神様の和歌で少しヒントをもらえたような気がしました。
全く苦の無い人や苦でない時は無いのではないでしょうか。。
ならば苦を背負い続ける有り様の中に
さささやかながら希望や楽を思う心の持ち様を
説かれているように思います。
2011/9/11(日) 午後 6:23
ゆうちゃん さん
おそくなりまして申し訳ありません。
コメントありがとうございます。
ほんとに噛めば噛むほど味が出てきます。
>ラジオはいいですね。
でしょ^^
もう慣れてしまって
テレビが映らない事が苦でなくなりました^^mm
2011/9/11(日) 午後 6:28
oldパッション さん
こちらもおそくなりまして申し訳ありません。
コメントありがとうございます。
御解釈の通りだと思います。
2011/9/11(日) 午後 6:42
うーむ。含蓄の深いお言葉なり。
2011/9/19(月) 午後 11:34
BOBBY さん
わたしもおおっと思いました。
コメントありがとうございます。
2011/12/25(日) 午前 9:30