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私はこれまで原発について真剣に考えたことがなかった。今、それを反省している。
事故が起きるまで、私は原発推進派でも積極的な反対派でもなかった。
何となく“怖い”と思いながら、かといって本気で科学的・法的な知識を得ようともしなかった。
私のように無関心・無知な国民が多かったことが、事故を招いてしまった原因のひとつではないか、という後ろめたさを感じている。
おそらく、大多数の国民が同じような気持ちでいるのだろう。
あちこちで原発に関する投票が行われている。
広島での街頭投票では「原発なしで暮らしたい?」という質問にYESが505/605(83%)、NOは49/605(8%)
ロイターオンライン調査では「政府のエネルギー基本計画では2030年までに14基以上の原発増設を目指している。今回の原発事故を受けてあなたが望む政策は?」という調査結果は現在のところ「計画通り原発を増設」に24,315票(8%)、「計画を見直し、原発を減らす」に34,495票(11%)、原発を全廃に241,416票(81%)
twitter連動プレ国民投票では「日本の原発は今後どちらの方向に舵を切るべきでしょういか?」という問いに対して現在のところ「維持・推進」が585人(4%)、「縮小・全廃」は12505人(96%)
事件や事故が起きると「警察や役所は何かあってからでないと動いてくれない」と非難してきた。
しかし、事が起きなければ原発について知ろうとすらしなかった私も同じ穴のムジナだ。
とにかく「知らなければ」と思い、原発に詳しい友人が薦めてくれた小出講演「原子力の専門家が原発に反対するわけ」をYouTubeで見た。 小出裕章氏は京都大学原子炉実験所の助教で、原子力の専門家でありながら原発反対派だ。
もちろん初めから反対派だったわけではなく、原子力を研究するうちに反対派に転じた珍しい経歴を持つ。
小出先生の話は明確で素人でもわかりやすい。本当に理解している人でなければ、難しいことを平易に説明できない。
原発を使わなくても日本の電気は足りているなんて、知らなかった。
原発で発生する廃棄物が「始末できない物」だなんて、知らなかった。
電気料金が原発建設費を含めた「必要経費」+利潤で法的に決められているなんて、知らなかった。
都会に原発を作れないよう法律で決められているなんて、知らなかった。
知らないことだらけ、驚くことばかり。
ところで原子力安全委員会って何だ?と思ったので、検索してみた。
YouTubeで「大失言!【原発儲かる】原子力安全委員長【最後は金】2005年斑目」がヒットしたので見た。
見ながら、これは「ミツバチの羽音と地球の回転」の鎌仲監督の前作「六ヶ所村ラプソディー」の非公式予告編だと知った。
短い映像なので、是非見て欲しい。ハルキくんのトンデモぶりが大炸裂している。
いくら東京大学の教授だからって、この人が委員長を務める委員会に国が原子力の安全を託していたとは…
無責任すぎる!
無責任といえば、厚生労働省、文部科学省、原子力安全委員会(↑ハルキくんが委員長)も驚くほど無責任だ。
5月2日に参議院議員会館で「20ミリシーベルト撤回要求対政府」が行われた。私は当日のやりとりを全て見たがかなり長いのでダイジェストをリンクする。
原子力安全委員会は保身に必死で「20ミリシーベルトで安全といった専門家はひとりも居ない」という。
「では、いくらなら安心か?」と聞かれて「だから(福島の子どもに測定器を持ってもらって)モニタリングをしている」とノウノウと悪気なく言い放った。
「福島の子どもを一緒に守って下さい」と訴える親達に、あなたたちの子どもでモニタリングをして、その結果をふまえて基準を作ると言う。無責任を通りすぎて、キ○ガイじみている。
彼らは上司に命令されて“イヤイヤ”そこに座っているのだろう。おそらく天下の東○出身だろうが、想像力が完全に欠落している。「私が親の立場だったら、うちの子どもがモニタリングに使われたら」という、至極単純な想像がなぜできないのだろう。
原発について考えた結果…
知ろうとすらしない事は罪なのだ。
電気がない生活は送れない。こうやってPCを使うにも電気が必要だ。
だけど原発のない暮らしは送れる。
たとえば市町村単位、せめて都道府県単位で発電ができないだろうか。
それならば発電量が少なくても賄えるのではないか。
発電源を自分の意思で選ぶことができるように、供給会社も複数から選べるようにしたい。
できれば川に水車、丘に風車が良いな。人口が少ない地域なら多くの水車や風車を設置すれば不可能ではないかもしれない。そういう地域に住みたいと思う。
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僕も、今まで原発について深く考えることをしてきませんでした。政府、官僚、大学、企業、マスコミによる机上の安全神話で、とんでもない物が日本に50基以上。そして今回の大事故。これが、終わりの始まりでないといいのですが。
2011/5/5(木) 午後 7:16
Blackさん、これが「終わりの始まり」であっていいわけありませんよね。結局、積極的な反対をしなかったことは容認と同じということに遅まきながら気がつきました。これからもっと関心を持って考えることにします。
2011/5/11(水) 午後 9:05