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総走行距離871キロの日帰りツーリングイベント (ウソ!) に参加した。
1月31日深夜12時に新宿を出発して、翌日2月1日24時までに帰着すると言う。
帰着はいくら早くてもいい。ゴールして報告だけすればいい。
途中で引き返すものもいるが、引き返す時点で主催者に連絡すればいい。
高速道路と、有料道路は使ってはいけない。これ以外には一切のルールはない。すべて自己責任である。
主催者には一切責任はない。
走るのも皆勝手にすっ飛んで行く。
行き先は富山の市内。ここで折り返して都内に帰るのだ。
当然だが使える道は国道しかない。除雪してある国道、それに、近年にない暖冬と言ってもそこは真冬。
積雪もあるし、凍結もある。ましてや往路は深夜。一番気温の下がる時間帯。楽なはずがない。
だがしかしであーる。そこはいつもの信条、「出たとこ勝負」 「なりゆきまかせ」 がこういうときは
頭をもたげるのだ。
参加者30名近くの9割以上が特注のスパイクタイヤと、これでもかと言うくらいの重防寒。
僕はと言えば、最新かつ最強の防寒アンダーがユニクロのヒートテック。その上に綿の長袖タートルネック。アウターは釣具の上州屋のバーゲンで買った釣用防寒服上下だけ。それだけである。
オマエナメトンノカと言われそう。
ヒーター内臓のハンドルグリップが温かい。 それだけで十分なのだ。
寒けりゃ歯を食いしばればいい。グァー サビイイー!!大声で怒鳴りながら走ればいいのだ。
いつもそうして来た。
アイガーの北壁で、マッターホルンの北壁で、ネバドアルパマイヨの6500メートルの高所で、初冬のマッキンリーで。思い出す。どれもつらいビバークだった。耐寒訓練で1月の富士山を短パンとTシャツで登ったときは・・・。
あのときはこんな甘くなかったぞ。
でもやはり寒いものは寒いなあ。
皆が20号から361〜41号で富山というので僕もじゃあそれで行ってみっかって言う感じで。
同じルートで帰る人がほとんどのようだが、僕はへそ曲がり。8号〜148〜19〜20号を使った。
久しぶりに冬の荒れた海を見たかったし、鱈漁船で行った冬のオホーツクの思い出もあった。
冬の日本海は期待を裏切らなかった。
大太鼓を打ち鳴らすように、腹の奥まで響く重低音で、岩に打ち付け砕ける大波。
同じように低音で響き続ける海鳴り。
にごった波。
横殴りのみぞれまじりの雪。
はるか沖には穏やかそうな黒潮との潮目がはっきりと線を引いてある。
これが冬の日本海である。
あまりのんびりと感傷に浸っているわけにも行かない。
天候は回復傾向だが風は強い。白馬に入る頃空腹が気になりだした。富山の折り返し点で主催者のご好意で作ってくれたトン汁を1杯ご馳走になっただけで、出発してから他には飲み物も、食べ物も口にしていない。
バイクを止めて、白馬のあるホテルでコックをしている古い友人に何年かぶりに電話をしてみると、居たのだ。そいつが。雪がなくてスキー客も少ないからヒマだと言う。
こ言うわけで腹が減ってるんだ。
じゃあ寄ってけよ、メシ作ってやるから。
もっと話もしたいがまだ東京まで距離もある。ゴチになりっぱなしで悪いが、礼だけ言って白馬をあとにした。
19号、20号の渋滞に辟易としながらゴール。
やったあ、完走だ。
順位は?なんて聞いてもみなかった。何番目だとか、走りがどうだった、装備がどうだったなんてどうでもいい。僕にとってはツーリングなのだから。
「おつかれさーん」 と、ゴールで出迎えてくれた主催者の方のとびっきりの笑顔。それだけで十分だった。途中の塩尻峠でのエイドステーション (チェックポイント) でもそうだった、富山の折り返し点でもそうだった。スタッフの皆さん、本当にお疲れ様でした。
参加した誰もがいい笑顔だったし。
今はそんな多くの笑顔にただただ感謝である。
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