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久しぶりにブーツの手入れをした
今はエンジンのついた鉄の馬に乗ることが当たり前になってしまったが
もうずいぶん前になる 生きた馬に乗ることが好きだった
何足かのブーツを持っていた
お気楽なウエスタンスタイルの乗馬は 今のバイクと同じように
いつも僕を開放してくれた
ランチパックをサドルバッグに詰めて山を歩いたものだ
***** ***** ***** *****
ロスアンジェルス・サンセットブルバード
少し風のあるキャフェテラス タスクが終わってのんびりとしたくつろぎの時
短い日数だったけど よく走ったなあ
ふと 砂漠と荒野をを走りたくなってやってきたLA
着いてすぐ借りたピックアップ:ダッジダコタスポーツ4X4のベッドスペースには
まだあのモハヴェの砂が残っている
砂漠の重戦車XR650 そしてKX450
どちらもきな粉をまぶしたようなウィールと
タイヤブロックの間から落ちたものだろう
距離を気にしなかったがLAから100マイルほどだったのだろう
モハヴェ砂漠の入り口 エル:ミラージュのレストランにも同じように
ピックアップにバイクを積んだキャリフォルニアナンバーが停めてある
こちらではこのスタイルが普通で、自走で来るライダーはいない
命の存在すら感じない広大な 砂漠 沙漠 枯れ草 サボテン
スティーヴ:マックイーン ホンダ・エルシノア
疾走する姿を思い浮かべながらアクセルをあけた
昨日までの走りが今はあのスティーヴ・マックイーンとオーバーラップしているのか
夕飯でもと思って外へ出たとき LAという大都会にちょっと場違いな
ウェスタンブーツにテンギャロンハットと言ういでたちの中年に出会った
そう言えばニューヨークにもいた、シカゴにもいた
ここはアメリカ これが普通なのかもしれない
バイクは返したがダッジはそのままである
スティーヴ・マックイーン=ウエスタン
バイク→ブーツ→ウエスタン→ブーツと頭の中でわけのわからない思考が
かなり飛躍しながら回り始めた
ウエスタンブーツが欲しい
LAの市内にも探せばあるのだろう
でもどうせなら・・・僕はそちら方面のファッション感覚はまるでない
フライかトニーラマか それともルケーシか いやいやルケーシなんてとんでもない
日本で買えば今でも30万から50万位する
やはりトニーラマかなあ
そんな事を考えているうちいつの間にかむかえた朝
「勝手にどうぞ」とダンボールにサインペンで書いてある安宿のロビーに降りて
少し固い しかもやたらと甘いデニッシュをまずいコーヒーで流し込んだ
世話になったモーテルを後に 僕はダッジを一路南東にむけてアクセルを踏んだ
目指すのはテキサス:国境の町エル・パソ ここからまあ700マイル:約1000キロくらいか
のんびりと走っても2日もあれば十分だろう
もちろん行き先は トニーラマの本拠地 エルパソの郊外
パーキングに車を停めて 社屋の入り口へ向かう
さすがテキサス 腰にS&Wのリヴォルヴァーをさげたセキュリティガードが
(最近はオートマチックかセミオートが主流らしいが そうじゃないところが又いい)
「なんだオマエは 何しに来た どこへ行く」
「日本からわざわざここでブーツを買うために来たんだ よそでも手に入るが 俺はここで買いた
いからきたんだ」
どうもそんな物好きな日本人はいないらしい
あっちこっちに電話していたが 少しすると中から中年のオッサンが出てきた
そのまんまウエスタンである
どうも僕の話しに感激したのかどうかは定かではないが
わざわざ広報の人間を迎えに出したらしい
ひとしきり それも結構細かいところまで案内してくれて ビールでもどうか
まあそれには断る理由もないので有難く頂戴する事にした
銘柄は?好きなビアはあるかと言うから
すかさず答えたものだ コルト と コルトがテキサスと関係あるかどうかは知らない
その時手に入れたのがこのブーツである
牛革とリザード皮のコンビは僕の好きな組み合わせである
日本ではこういったものは若者の定番ファッションアイテムらしいが
僕には実用品である
馬に乗らない今でも時々は出して 手入れはしてやる
たまに履く事もあるが 乗馬用として作られたブーツは実に履き心地がよくないし
何より歩きにくい 当たり前である オフロードブーツを街で履いて歩くようなものなのだから
左は同じリザードだが ずいぶんお世話になったブーツである
もったいないですよと言われながら使っているうち
両足の小指の付け根あたりの外皮が
あぶみですれて切れてしまったので今は使ってはいない
ブーツジャックも古くはなったがまだその役目を十分果たしてくれる
こうして見ていると ハーレーでアメリカ横断でもして見ようかと言う気になってくる
LAに帰った僕は 家に電話をした
「荷物送ったから」
バイクの装備と 買い物をしたもろもろを持って帰るのは面倒なので送ったのだ
「え〜?だって荷物つく頃私居ないわよ 家に 知ってるじゃん」
「ああ 知ってるよ だから○○(娘)のところに お土産と一緒に」
「わかったわ じゃあ あさってホノルルに迎えに来て ゲートはわかるでしょ」
「了解 りょうかい」
こうして 今度は奥様のバカンスのコンシェルジュ(下僕)となるために
ハワイでうちの奥様と合流するべくLAを後にしたのだった
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2010年08月15日
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