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秋も深まりつつある、空気もすがすがしい休日・・・ 私ととうちゃん、あや2号とたいちゃんは正装して家を出ました。 手には、小さな骨壺・・・ 前の日に、仏壇の前の骨壺を開けてさらに小さな骨壺にとうちゃんと2人で移し替えたものです。 震える手でこわごわ開けた骨壺の中のお骨は、 真っ白で小さく、薄いガラス細工のようにとてもとても繊細で、美しいものでした・・・ 壊さないようにそうっとそうっと箸でつまんで、ちょうど入りそうな大きさのものを いくつか選んでうつしながら、 「ああ、確かにあや1号はいたんだ。 私がお腹の中で育てて産んだ子どもだったんだ・・・」 と、かみしめるように思いました。 そう、ずっと気になっていたこと・・・ あや1号のお骨を京都のお寺(浄土真宗の御本山)に納骨に行く日がようやく来たのです。 本当は、1周忌までに済ませるはずだったのですが、 いろいろな事情があってもう4年以上が経ってしまいました。 ようやく、ようやく願いが果たせることになりました。 その日は、朝から気持ちよく晴れていました。 でも、高速道路に乗る頃から薄い雲がかかり始め、お寺に着く頃には曇ってしまっていました。 受付をしてもらい、納骨場所にある小さな仏壇の前に向かい、 あや1号の好物だったプリンやバナナやみかんに洋梨、柿・・・ ちょっと多すぎるくらいにお供えして、お坊さんにお経をあげてもらい、 無事、納骨を終えました。 そして、親鸞上人のお墓である大きなお堂の方でお供えをし、手を合わせました。 やっとここまできた・・・と感慨もあり、 とうとう手放してしまった、と少し寂しいような、 でもやり遂げた、というすがすがしい気分もあり、少しその場にたたずんでいると・・・ 雲間から、うっすら日が差してきたのです。 日差しは見る間に強くなり、くっきりと影ができて太陽の形もしっかり見える程になりました。 その時・・・思い出したのです。 2年前、透視をお願いしたハルさんの言葉を・・・ (詳しくは「ハルさんの透視」の書庫を参照して下さいね☆) 「納骨ができたときには空を晴れさせます。日が降り注ぎます。 天国であや1号の面倒を見ているおじいちゃんが言っていますよ。」 ああ・・・届いたんだね・・・ ちゃんと見ているよって、本当に知らせてくれたんだね。 まだお墓に納骨する分が残っているから、届かないって思っていたけど、 確かに届いたんだね・・・ ありがとう。 ありがとう。 ありがとう。 とうちゃんと2人で暖かい日差しに包まれながら、何度もつぶやきました・・・ そして、駐車場に着いて車に乗り込む頃、もうすっかり日は陰っていたのです。 その後も日没まで、二度と日が差すことはありませんでした・・・ 本当に、その時だけ日が差したのです。 嘘みたいですが、本当の話です。 来年、5回目の命日に残りのお骨をお墓に納骨します。 今まで、毎月の月命日にはお坊さんに来てもらってお経をあげてもらっていましたが、 それも、来年の祥月命日で一区切りにしようと思っています。 ようやく、そう決めることができました。 そしてやっと「前向き」の意味が本当に分かってきた気がします。 遠回りをして、途方もなく長い時間がかかって、 もう、たどり着かないのではないかと思えたりもしたけれど、 ちゃんとたどり着けたし、あや1号もおじいちゃんも待っていてくれた。 決して終わらないし、忘れないけど・・・ これからは自分の人生をしっかりと生きていきます。 見ていてね、あや1号。 |
あや1号
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長女、あや1号のお部屋です。
1才のとき、突然の事故で天使になってしまいました。。。
「あや」のHNは、あや1号の本名の一部をもらっています。
1才のとき、突然の事故で天使になってしまいました。。。
「あや」のHNは、あや1号の本名の一部をもらっています。
少しずつですが、あや1号の思い出も書いていけたらな、って思っています。
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この1年、いろいろなことがあったけれど、 一番大きかったのは、 私たちの家ができて、あや1号を想う場所として仏壇を入れて、 お骨も、遺影も手元に置くことができたこと。 そして、月命日にはお寺さんに来てもらって、 お経をあげてもらうことも、ようやく自分たちで できるようになったのに・・・ 前の家に住んでいた頃には「目標」だったことを、 ひとつひとつ達成してきたはず、なのに・・・ 全く達成感というものはなく、 逆に自分の中がとても空虚になってしまったことを痛切に感じる日々・・・ 必死にあや2号とたいちゃんを育ててきた年月、 いつも、あや1号にどこか似ている赤ちゃんがそばにいてくれた。 笑ったり、泣いたり、「抱っこ〜」と手をさしのべてきたり、 そのひとつひとつのしぐさ・声・まるいほっぺ・まっすぐな瞳・・・ すべての瞬間に、あや1号がいた。 ふと気がつくと、 「赤ちゃん」はうちからいなくなっていた。 小さな小さな赤ちゃんだったたいちゃんまで、 立派に歩いてしゃべって自己主張する「1人の人間」になりつつある・・・ 私は・・・あや1号を見失った・・・ 1歳2か月のあや1号のことは・・・もうはっきりと思い出せない・・・ もうすぐ5歳になるあや2号も、想像できない・・・ 今は、仏壇の前に座るだけで、 かわいい遺影の写真を眺めるたびに、 苦しくて苦しくて、たまらない・・・ あんなに大好きだったあや1号なのに、 どうしてそんなに遠くへ行ってしまったの? もう、何も届かないような気がするくらいに、遠い・・・ それとも・・・ホントは近くにいるのに、感じられないのは 私自身の問題なのか・・・ 「何かすることで救われたい」 そんなことを無意識のうちに願っていた私は、 なんて浅はかだったんだろう・・・
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たいちゃんが生まれてから、ある人に何気なく言われた言葉 「今度の子は大事に育ててあげてね」 聞き流したつもりが、 心にいつまでも刺さっていて消えない。 あの子を、大事に育てていなかったわけがない! だけど、それなら、 どうして、あの子を守れなかった? どうして、止めることができなかった? 何が間違っていた? どこで間違えた? ・・・ いなくなって2ヶ月ほど経った頃、 あや1号は、一度だけ夢に出てきて、こう言った。 「ママが思ってるほど、苦しくはなかったよ」 そして、にっこりと笑った。 それだけ・・・そのたった1回しか、夢で逢うこともできないのは・・・ 分かってるよ・・・ 許せるわけないよね・・・ 未だに遺影も、遺骨も取り戻せないでいる意気地なしのママなんて 許せるわけがないんだって・・・ もっともっと、かわいがってほしかったんだって・・・ 今からでも、そばに置いてかわいがってほしいんだって・・・ 「分かってるよ」 「分かってくれるよね」 そうやって、どこまで甘え続けるつもりなの? このままじゃ、あの子の所に行けない・・・ 今年も、何も変えることができないまま、 あの日がもうすぐやってくる・・・ |
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生きていれば4歳のあや1号 想像もできないよ・・・ 私の中のあや1号の姿は1歳2ヶ月のまま。 2歳、3歳、4歳、5歳・・・ ずっとずっと一緒にいたかった。 あなたの成長を、ずっとそばで見ていたかった。 あなたに・・・ どんな言葉を贈ったらいいのだろう・・・ 「生まれてきてくれてありがとう」 「あなたに出逢えてよかった」 「守ってあげられなくて、ごめんね」 どんなに言葉を尽くしても、伝えきれない想い・・・ |
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年末年始を過ごした「とうちゃんのおうち」 ここに足を踏み入れるのは何年ぶり・・・?? 生まれてから1歳2ヶ月まで、あや1号と暮らしたところ。 あそこにもここにも、どこにでも、 あや1号がいた。。。 得意そうにハイハイしていた廊下、 あの部屋の角に、よく隠れていたっけ。 リビングのドアの曇りガラスには、手形の跡がいっぱい。 ちょうど同じ高さに、たいちゃんが手をついて伝い歩きしてる。。。 よくお散歩に行った道、その先の公園・・・ この角でベビーカーを止めて、よく畑の風車を見てたっけ。 くるくる回るとニコニコして、私の顔を見上げてた。 よく行っていたスーパーも、 当たり前だけどそのままそこにあって・・・ あの子は知らない人にもよく「かわいいね」って言われたっけ。 ひとつひとつの思い出は、今も鮮やかで、 あのときの空気の色や、においまで、 まるで昨日のことのように思い出せる。 あの1年2ヶ月は、 こんなにも濃密な時間だったんだ・・・ どうして、手放してしまったんだろう? どうして今、あや2号とたいちゃんを連れてここにいるんだろう? 本気で疑問に思ってしまう。。。 『戻りたい・・・ あの頃に、戻りたい・・・』 何度も何度も、嫌と言うほど、呪文のように繰り返し思ったことを、 再び、まるで自動的にテープが回るように、願ってしまう。。。 だけど、 その先に続けていたこの言葉を、今は飲み込んだ。 『何と引き替えにしても構わないから。 叶わないなら・・・お願い・・・ 私もあや1号の所に・・・!』 今は、そうは思わない。 何と引き替えにしても守りたいものが、 この先、生きていかなきゃいけない理由が、 今の私にはある。。。 これで・・・いいんだよね? 怒ってないよね? 間違ってないよね? 私たちは前を向いて歩いていくよ。 『未来』へ・・・あや1号からは、遠ざかっていく方向へ・・・ いつか、本当に笑って出会うことのできる、その日まで・・・ |



