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約2ヶ月半の沈黙を破り、久々の更新です。 皆様ご無沙汰しております。 暖かくなり始め、ようやく土から顔を出した冬眠していた動物のごとく動き出しました。 去る1月2日、暖冬と言われる冬の日本に帰ってきましたが、暖かいカリフォルニア帰りの身には冬の寒さはこたえました。 遅ればせながら、涙涙の帰国フライトからその後2ヶ月半の様子を振り返りたいと思います。 アメリカ生活最後の出発の日は朝から曇り空。まるで自分の心を表すかのような空でした。出発前、夫の同僚の方々がホテルまで見送りに来てくださり、早速ここで涙のお別れ。朝から涙が出っぱなしでした。 飛行機の窓から見える景色もご覧の通り・・・・。 飛行機がLAXを離陸するときは、思わず涙が溢れてきてしまいました。最初は大変だったアメリカ生活、総合評価するならば、”楽しかった”で終われたので、感慨もひとしおだった訳です(笑)もう暫くはアメリカへ行くことは出来ないと思うと、それまた寂しくて・・・。でもやはり一番寂しいと思ったのは、住み慣れた環境を離れる事と、出会った素敵な友人達との別れでした。 そんな涙涙のフライトもあっという間に時間が過ぎ、成田空港が見えてきたときには「あ〜あ、帰ってきちゃった。これから大変だ。」そんな気持ちで一杯でした。ちょうど夕暮れ時のオレンジ色の空が私達の帰りを待っていました。
1月3日、成田到着。帰ってきました、日本に。
その後は一晩夫の実家にお世話になり、翌日私の実家へ移動し、船便が遅れたこともあり、まるまる1ヶ月実家に居候という形でお世話になりました。(そう、夫はマスオさん生活を。) 1月に帰国というのは、賃貸物件を探すにはあまりよい時期ではなく、なかなか希望するような物件にめぐり遭えずだったのですが、なんとかよさそうな物件を見つけ、契約しました。そしてトランクルームに預けていた荷物を受け入れ、実家に置いていた荷物を運び入れ、最後に193個という大量の船便荷物を受け入れと、2月は片付け月間と称して生活しておりました。とにかく受け入れる側(住む場所)に対して荷物が多すぎて、暫くの間は段ボールの壁を縫ってというような生活でした。それでもダンボールから荷物を出さなくては生活が始まりませんので、地道に片付けていきました。 段ボールを後日回収にきてくれた引越し業者の作業員の人たち、帰り際に「あれじゃぁ、出るとき大変だ」とぼやきならがら、大量の段ボールを持ち帰っていかれた程だったのです。引越し屋さんにあきれられるなんて、一体どんだけ荷物を持ち帰ってきたんだ?!私達という感じでした(笑) 新居に住み始めて最初の頃は、片付けも思うようにはかどらず、何かにつけて「狭い!」とヒステリーを起していたのですが、慣れるとなんて事はなくなるもので、はやりもともと住んでいた母国ゆえ、順応は早かった気がします。 そんなこんなで住環境がやっと落ち着いてきたので、後回しになっていたネット環境が最後の最後につながり、こうして久しぶりにこのブログも更新することができました。ブログを通して私のアメリカ生活を応援して下さった方々、ブログを通してお友達になった方々に帰国のご報告をこうしてできる事を大変嬉しく思います。 今後の私の身分はというと、失業保険の受給を延期していたので、それを貰う手続きをしつつ、ハローワークに通いつつ職探しと言った所です。夫の転勤が理由とはいえ、退職理由は自己都合による退職なので、失業保険もすぐにはもらえません・・・・・。おまけに「100年に1度の不況」なんて言うご時勢の下に戻ってきたので、思うように仕事が見つかるか怪しいのですが、ゆっくりいこうと思います。 ブログをこのまま継続しようか、終了しようか、はてまたはリニューアルしようか、まだ決め兼ねておりますが、暫くはのんびりですが、このタイトルのまま、更新していこうと思っておりますので、どうぞ今後とも宜しくお願い致します。
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