climb a door 幸せは, まず家庭から。記事は本を引用

生命の法則と自然法爾を御自分の糧として下さい。一応子育てブログだよ♪足跡&ファン登録大歓迎です。

全体表示

[ リスト ]

≪自他一体について≫

神社の御神体って何か知ってる?神(かみ)に私たちの我(が)を入れると、鏡(かがみ)なっちゃうでしょ?だから、鏡(かがみ)なのです。


 クリックすると拡大します

(1人ではない) 人はみな、自分1人で生きているのではない。 よく『人間』ともいうが、これは”世間”に住んでいる人といった 意味で、この”世間”には人々や環境が含まれている。 だから人はポカッと空中に浮かんでいるわけではなく、 どうしても人と人との交わるがあり、環境と人との関係がある。 だから人が自分の事ばかり考えて、 他人のことや環境のことなどどうでもよいと思っていると、 とんでもない間違いの人生を送り、 『ひとでなし』になってしまうのである。 そこには『人間の本体はすべて神である』 という喩えとして、こう書いてある___   『(前略)喩えば此処に一個の物体の周りに百万の鏡を按(お)きて これに相対せしめれば一個もまた百万の姿を現ぜん。 斯(か)くの如き汝らの個霊(みたま)も 甲乙相別れ、 丙丁(へいてい)互いに相異なる相(すがた)を現ずるとも 悉(ことごと)くこれを唯一神霊の反映(うつ)しにしてすべて1つなれば   これを汝ら互いに兄弟なりと云う。 (後略)』つまり鏡の前に1つの物体Aを置いて鏡を見ると、 そこにはAの姿がBとして映って見える。 そこでもう1つ鏡の数をふやすと、AがB、C,D・・・ といくらでも増えて見える。 しかしそれらは皆同じAの姿であって、 決して別のものではない。 このように人間も沢山いるようだが、その本質は同じ 『神』の反映(うつし)であって、すべて1つだというのである。 物体だとこうして鏡を持って来て実験して見る ことが出来るが、世間には無数の鏡なんかない___ と思うかも知れない。ところが実は”世間”は大きな、 そして複雑な『鏡』なのである。 普通の平べったい鏡ではなく、多次元の鏡である。 それは肉体ではなく、心を映し出す、”多次元的な鏡”なのだ。 そもそも心というものは、物質ではない。 だから心は目に見えないし、感覚もされないし、測定もできない。 ところが肉体というような物質は3次元の物質だから、 測定できるのである。だから、肉眼で見ると、AさんとBさんは 別々の肉体のようにしか見えないが、心の世界では、 決して別々ではなく、バラバラではないのだ。 そこでこちらの心が相手に伝わるということが度々起こってくる。 例えば友人が入学試験に合格したと言って喜んでいると、 その心がこっちにも伝わって、こちらも嬉しくなる。 別の友人が『失敗した』と言って悩んでいると、 こっちも暗い気分になる____といったことが起きる。 人間同士ばかりではなく、犬でも猫でも、 こっちが喜べば相手も喜び、なぐさめ合ったり、 喜び合ったりすることができるのである。

[PR]お得情報

話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事