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忘れもしないこの日。
長男の誕生日です。
その年もものすごく暑い日が続き、大きなおなかを抱えた私は大変でした。
ただでさえ暑いのに、体温の高い子供がおなかに入っているせいで余計暑い。
8/4(木)の夜
いわゆる「おしるし」と言われるような出産の兆候があった。
でも陣痛らしきものはまったく無し。
一応病院に電話して「おしるし」のことを告げると、来てといわれ、ダンナの運転する車で行く。
すでに外来は終っているし、病院も消灯時間過ぎていたように思う。
病院に着くと、入り口で先生が待ち構えている。
「バンドさんですか?」
「はい」
「急いで診察室に入って」
となんだかあわてている感じ?
変だな〜と思いながらも診察をしてもらう。
「ん〜・・・まだ大丈夫そうだよ。でも28週目だっけ?危ないなあ・・・」と言われ、
「え?38週目ですけど?」
「え〜?28週目だって言うから焦ってたのよ?」
「あれ?いい間違えちゃったかしら?」
という事で、先生は早産なのかと思って焦って待っていたらしい。
とりあえずその日は笑ってごまかして帰り、次の日にちゃんと診察を受けることに。
翌日の金曜日(8/5)にとりあえず病院に行ってみた。
診察の状況は変らずで、一応陣痛の状態をみる機械をつけてみることになった。
ベッドに寝て、おなかに小さな箱のような機械のついたベルトを巻き、それで嘘発見機のようにおなかの振動をグラフにとっていくというもの。
小一時間つけていたけど、たいして振動はなかったよう。
しかし、実は病院に向かう途中から腰痛になって、結構痛かったんだけど「これがみんなが言ってた腰痛かぁ」くらいにしか思ってなかった。
病院では診察室から陣痛測定器(そんな名前?)のあるところまで、結構離れていたのだけど、そこの行き帰りにたまに襲ってくる腰痛に、歩くのをやめてじっと痛みが治まるのを待っては歩き・・ということをしていた。
それが陣痛だということも気づかずに^^;
そして、病院を出て「まだ生まれないか・・・」などと考えながら、おなかが空いたので駅前のロッテリアに寄り、定期的に襲ってくる腰痛と闘いながらハンバーガーを食べていた。
(; ̄Д ̄)(; ̄Д ̄)
電車に乗り、家まで駅から5分くらい歩き、途中「舅くん」に会って
「どうだった?」
と聞かれたけど、その時またすごい腰痛に襲われてて(だから陣痛だって・・・^^;)
「う〜ん、まだみたい」
と答えていた。
家についてから、ますます痛くなる腰痛。
その日はお祭りの日で、だんなも早く帰ってきてイヤイヤ御神輿を担ぎに出かけた。
私は「腰痛がひどいの」と訴え、とりあえず御みこしの出発を帰省していた義姉と一緒に見届けて、「腰が痛いから」と家に入り横になっていた。
見に行ったところがすごい・・・
(; ̄Д ̄)(; ̄Д ̄)(; ̄Д ̄)
さらに痛みが増す・・・
おかしい?
みんなが言う腰痛ってこんなに痛いの?
痛みに強い私が、もう耐えられなくなってきた・・・。
どうしよう・・・
と、まだ帰らないはずのダンナが帰ってきた。
「あれ?どうしたの?」
「いや、最後までいくの面倒だから帰ってきた・・・大丈夫?」
と起き上がれずしかめっ面のの私を見て聞く。
「それが大丈夫じゃないみたい。異常に痛いのよ(ノω・、) ウゥ・・・」
「まじ?それって陣痛じゃないの?」
「( ̄△ ̄;)エッ・・?」
「時間はかってみなよ」
時間を計る・・・
「6分間隔じゃん!陣痛じゃないの!電話電話〜」
陣痛とわかってなぜかホッとした私は、ダンナが電話している間にシャワーを浴びに行き、しゃかしゃか支度をして、ダンナが捕まえに行ったタクシーに乗り込む。
家の近所にはお祭りのお神輿が町会に戻ってきたばかりで、担いだ人たちでごったがえしていた。
その中をタクシーで「これから産みます」といわんばかりに通り過ぎたのは恥ずかしかった(///∇//)
タクシーの中でも陣痛の時間を計る。
すでに3分間隔!
焦るダンナとタクシーの運転手。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫だから焦らないで。事故を起こさないようにね」
「は、はい!」
夜中なので病院まで15分もかからず到着!
すぐに陣痛室に入るが、めちゃくちゃ痛くなってきて看護婦さんや助産婦さんにラマーズ方の呼吸法をするように言われ、正直馬鹿にしていた「ヒッヒッフー」が、実はものすごく効く呼吸法なのだと初めて気づく。
陣痛室にいること1時間弱。
「もう分娩室に移って」と言われ、陣痛の治まっている一瞬の隙に急いで移動。
そして間もなく誕生!
生まれたての長男を写真にとってもらおうとカメラを持たせたのに、なぜか手ぶらのだんな・・・。
「カメラは?」
「ごめん。タクシーに忘れちゃったみたい(-"-;A ...アセアセ」
「まじですか?ヤレヤレ・・・」
でも陣痛に気づかずにあちらこちらと歩き回っていた私って・・・
もう少し遅かったら、家で産まれていたかもね。
そして12年後の8/6
その日も家の近所には御神輿を担ぐたくさんの人がいました。
思わず長男が生まれたときのことを思い出していました。
来月は次男の誕生日。
次男の誕生は今でも思い出すと笑いが止まらない。
それはまた来月書きます・・・
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