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fwapyさんの国歌に関する記事にコメントしてから、ずっともやもやしていて、どうにも落ち着かないのです。
間もなく長女の卒業式があり、都立高校の卒業式ですから、国旗が講堂の中央に高々と掲げられ、その国旗に向かって敬礼することを否が応でも求められ(学校長に敬礼をすると国旗が後ろにあるので)、その上で起立して国歌を歌うことになります。どうしても仕事の都合で参列できませんが、出れば、この状況に不快感をもちつつも、国歌を歌うでしょう。これまでもそうしてきたようにです。
それは国旗国歌法で制定されたからではなくて、私が子供の頃から国旗であり、国歌だと信じてきたものだからです。その国旗と国歌に私は敬意をもっていたい。それは自分のいるこの国への敬意です。この敬意とは何かを毎年この時期に私の中で考えてきました。試されてきたと言ってもよいでしょう。ひどい国だと思います。その思いはますます強くなっています。人権侵害国家とは日本のことです。どこをどう切り取っても、まともではありません。でも、その国に生きています。
国歌を歌うことは国旗を国旗として見つめること以上に、法律制定以後ははっきりとした踏み絵に変わってしまいました。立つこと、そして歌うという行為が誰の目にも映るからです。私の問題ではなくなってしまった。どうしてこんな踏み絵を踏ませるような真似を国家がするようになってしまったのでしょう。国旗に敬礼しない、起立しない、国歌を歌わない人々を処罰するというところまできてしまった。最高裁判決のでた事例は私の住んでいる街のできごとでした。どうしても伴奏できないと考える人はいるでしょう。それは職業の問題以上のもっと高次の人間としての判断でしょう。
この歌わない自由を確保できない人々を歌う自由を求める人々(あるいは歌わないことをあえて選択する理由をもたない人々)が、結果的にその無知故に苦しめているということなのでしょうか。国旗と同様に国歌もまた血塗られたものだという理由で、これらのものを拒否する自由を私は奪っているつもりはありません。仮にその理由に承伏できなくてもです。またその理由を想像できないほどに無知であってもです。沖縄本島出身の私の友人は決して歌いません。「歌えませんよね」と私の横で座っている。そんなことを私に説明する必要は無いのです。どうして、みんながそんな理由をわざわざ説明しなければならないような状況になってしまったのでしょう。私も歌う理由を説明しなければいけないのでしょうか。
沖縄戦の本当を私は知りません。様々な断片的な情報をつなぎ合わせて想像するだけです。私の横に今度は在日の方が並びました。歌ったことがない、その状況に思いを巡らしています。歌わないその姿勢にどうして歌わないのですかと説明を求める必要はないでしょう。在日だからですとお答えになるでしょうか。そんな簡単なことではないのでしょう。
私が本当に知っている数少ない在日の人々。
中学校時代に転校してきた口数の少ない同級生、担任が朝鮮人と言っては苦しめて、直ぐに転校してしまいました。通名を名乗っていて、在日の存在を初めて知ったとき、そして初めて教師を呪ったとき。休みがちになり、届け物に何度か家を訪ねたけれど、何も話さなかった。その小さな家に驚きました。彼はどんな思いで、国歌をきいていたのでしょう。
大学時代の同級生、何も知らないことが罪なのだと怒っていた。差別する側と差別される側、この二分論の中で、差別される側でないものは差別する側だと吐き捨てた、そんな暴力的な言い方があるものかと感じたことを思い出します。彼はどんな思いで、国歌をきいていたのでしょう。
長女が生まれて保健婦さんのお世話になりました。バイオリニスト、チョンキョンファは民族の誇りですといった笑い顔を忘れない。市役所の中で管理職になることを求めて戦い、裁判で敗れたことが地方紙面に載ったのは随分と昔のことです。彼女はどんな思いで、国歌をきいていたのでしょう。
みな、今の私と同じ年回りになっています。その思いを今、fwapyさんから聞かせてもらっているように感じています。
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純粋に国を愛し、憂うる心が「右翼、国粋主義」と言う、踏み絵、レッテルを貼られ、反対に今のままの勢いで右傾化すれば、人権を唱える人々までもが「左翼、アカ」と区別されかねない社会、間違いなく、この国の行く先をどう舵取りしてゆこうかと言う、長期的なビジョンを持った政治家や指導者がいないと言う事実だけは確かです。
2007/3/4(日) 午後 9:01
fwapyさん、この文章は何も語っていないのです。そのことがとても恥ずかしいのですが、どうぞご利用下さい。しかし、本当に考え込みました。
2007/3/4(日) 午後 9:02
他者を思う気遣いが、私自身にも欠けてる事を気づかせてくれた何日でした。事ある度に、政治色で人権を語ろうとする人々に、「違う!」とコメントしながら、いつの間にか自分自身がそれに侵されて、人にレッテルを貼ってしまってたんじゃないかな?と自問自答しています。でも、今回のともすれば、勇気あるコメントに感謝しています。色んな立場、考えがあり、その政治信条や考えは個々人の自由なモノ、と言う基本を再度、認識できた事に感謝しています。
2007/3/4(日) 午後 9:06
最後に、付け加えるなら、そんな各個人の政治信条の自由までもを、国家統制という方向に持って行こうと画策する低レベルな「政治家、官僚」に市民一人一人が一つとなって向かう、反骨精神だけは持ち続けることこそが、「そんな奴らに、この国を勝手にさせるもんか」と言う、庶民の声だと思っています。声を出すことを、死ぬまで忘れないでいたい。これが私の素朴な思いです。感謝!
2007/3/4(日) 午後 9:15
ちょっとはずれたところから 始めます。 物事を理解するとき習得するとき 型から入るべしーとする方法と すべての不純物をとりさってその核である本質を追求すべしーとする方法がある。昔から私は前者を拒否し格闘してきています。 しかし 型から入るほうが確実だーという声が回りで響き渡ります。
2007/3/4(日) 午後 11:07
それでも 限りなく不確実でも回り道でも自分は型には 魂は渡さないと思ってきています。 そこが本物と偽者との分岐点になると直感が叫びます。 人は型の向こうに真実を得ていくほど純粋でも強くもないと思うから。 またうかがわせていただきます。
2007/3/4(日) 午後 11:07
たっきさん、ありがとう。おことば噛みしめています。
2007/3/4(日) 午後 11:37
転載します。感謝!
2007/3/5(月) 午前 1:03
fwapyさんの所から来ました。初めて投稿します。「一歩踏み出す・引く」という言葉があります。その一歩が「持論の押し付け」・「中傷・恫喝」などとも呼ばれ「相手の立場を慮って一歩引く」などというオブラートに包まれた安易な言葉にもなります。想像力があっても逆方向に想像したら一生ネジレの位置で解決しない。なら勇気を持って一歩踏み出すしか解決の方法はないのですが、それを自分から遠ざける「仲良しクラブだけ大好き」な内地の人々。抽象論で申し訳ありませんが感じたことを記しました。拝
2007/3/5(月) 午前 11:58
たっきさんのところでは良くコメントを読ませていただいております。この抽象的なコメントのオブラートの向こう側にはどんなものが潜んでいるのでしょう。怖いです。
2007/3/5(月) 午後 0:12
私は、内容が無いとか思っていません。その書いた当人の心の中にある葛藤、思い等々を推測し、つかみとれば良いと思っています。そこで、止まってしまって、こうだ、ああだと言い出すと、単なる取り留めの無い言葉遊びになるんじゃないかと思います。私は、結構、単刀直入?か単純か低レベルなんで、そこで終わっては、もったいないと思うんです。↑の文章にはたくさんの思いとコメントが託されてると私には感じ取れます。また、その思いを”ボールにして他者に投げた”それだけど、大きな価値ある、勇気ある行動だと私は拍手を送ります。
2007/3/5(月) 午後 11:34
マクベスさん、おはようございます。私の場合は昔から「式」一般が嫌いで、そこで歌うようなものにはよけい嫌悪感がありました。政治的に「無知」な小学生時代ですが。高校は幸い「式」でも座ったまま、拍手で式進行、「君が代」もなかったという記憶があります。これから保護者といえども、「式」冒頭の間座ったままの静かな意思表示でも「威力業務妨害」にとられかねない時代になりますね。
2007/3/6(火) 午前 6:10 [ futei ]
H.D.ソローのことばに「政府とはたかだか、ひとつの方便にすぎない。 権力がいったん人民の手に握られたとき、多数者の支配<それも長期間にわたる支配が容認される実際的な理由は多数者がいちばん正しいと思われるからではなく、まして彼らが小数者に対していちばん公平であるようにみえるからでもなく、結局のところ、彼らが腕力においてはるかにまさっているからである。」『市民の反抗』。ソローはU.S.A.の奴隷制に反対し税金を納めず、短期間ですが牢屋に入れられました。
2007/3/6(火) 午前 6:14 [ futei ]
「差別する側と差別される側、この二分論の中で、差別される側でないものは差別する側だ…」昔は単純、図式的な論理が横行していましたね。水平運動史の捉えなおしの中で「戦後」の一定の時期(1970年代までと思います)まで共産主義の立場(新左翼も含むでしょう)による検証が中心で、他の立場は省みられなかったこと、また在留朝鮮人への差別、コミュニティの中での女性差別と「差別される」側においても「差別」する立場になるという現実の課題も提起されてきています。
2007/3/6(火) 午前 6:25 [ futei ]
futeiさん、この朦朧とした作文に丁寧なコメントをいただき、感謝しています。春の気配が濃厚になってきた今朝、温かい風を感じながら、「ただこの国に在るというだけで、アプリオリに敬意を感じられるだろうか」というfuteiさんのことばを思い出しておりました。この大地が好きです。「国」というのはこの大地と空気を含んでいるのでしょうが、一時だけの幸せでした。「政府」と「市民」という対抗の図式が「国」によって包括されて、その「国」はこの大地の上に乗っているのでしょうか。この「国」と何気なくいってしまったものを改めて考えてみたいと思います。
2007/3/6(火) 午前 9:00
fwapyさん、fwapyさんのブログで多くを学んでいます。コメントを書いた人以上に先行して、コメントを返されるので、戸惑う方もおられるでしょうが、fwapyさんの真摯さは右翼の方々以外には間違いなく通じています。東南日本人さんは、こうした物言いを仲良しクラブだといっているのではないだろうと思っています。
2007/3/6(火) 午前 9:38
マクベスさんがイメージしている「国」が大地を含むものであれば、むしろ「くに」、「郷土」の方がふさわしいかと勝手ながら思います。そのような「風土」に関わる話でもすぐに「国民国家」につなげたがる学者、評論家もいますが、マクベスさんが育った、生活した、旅行をした、映像や文学で知る範囲の好きな「大地」でいいのではないでしょうか。政治に支配された「国家」は支配する体制で変質をします。変質をすれば好き嫌いが出てくるわけで、ゆえに「統合」の象徴を何か持ち出さないと「治まらない」わけです。
2007/3/6(火) 午後 3:55 [ futei ]
土曜日に多摩川の源流、最初の一滴の地、笠取山、標高2,000m弱、に登ってきました。晴れていましたが数日前の雪で周辺は積雪3,40cm。奥武蔵、奥多摩の山々を見わたせる自然はいいですね。大地を実感できます。
2007/3/6(火) 午後 3:56 [ futei ]
本当に今日の暖かさのような、嬉しいお話しを聞かせていただきました。お言葉通り、受け止めました。奥多摩は直ぐ近くですが、登山の経験はありません。安直に車では、良く子供達を遊びに連れて行きました。
2007/3/6(火) 午後 4:05
「登山」も「山歩き」と書き換えるとイメージが変わります。無理をして頂上に至らず、いつでも引き返すつもりで向かえば気は楽です。そういう山歩きでよければ、日程があえばいつでもご案内します。笠取山も近年、山に「はまった」知人から何処へ一緒にと「頼まれて」いた企画でした。登り二時間以内の「コースタイム」ならば奥多摩は適した山が多くあります。いまや山は中高年の世界です(笑)。
2007/3/6(火) 午後 4:26 [ futei ]