紫微垣

夫れ占事の趣は應に精徴を窮むべし

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白馬に乗ったお地蔵様

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 新年、明けましておめでとうございます。
 毎年正月が過ぎてかなり経ってからのご挨拶で申し訳ありません。旧正月を基準にしても、三が日が過ぎてしまったよ…… どうぞ、本年もゆるりとした更新になるかとは思いますが、宜しくお願いいたします。

 私は毎年その歳の干支にちなんだ年賀状をお送りしているのですが(去年は巳年で弁財天さん、一昨年は青龍に乗る尊星王さんでした)、本年は午年ということで、馬頭観音さんとで悩んだものの、結局飯縄さんの信仰の近くにあるということで、将軍地蔵さんにしました。将軍地蔵さんの絵姿を印刷した年賀状は、受け取られた方々のご多幸をご祈願した上でお出ししました。

 さて、将軍地蔵尊は白馬にまたがる王子様……ならぬ、白馬にまたがるお地蔵様でございます。清水寺の例などで知られる立像もありますが、宝珠と錫杖を持し、白馬にまたがる騎像として描かれます。将軍地蔵さんがいつ頃どのように誕生したのかは判然としませんが、役小角の感得であるとか、坂上田村麻呂の為に清水寺の延鎮が将軍地蔵法を修したなどとも言われますが、インドや中国にはなく、飯縄さん同様日本でお生まれになった和製の仏さんです。地蔵尊は本来慈悲甚深の仏で、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六道に在って衆生を救ったり、賽の河原の鬼から子どもを救うとされ、関西地方では「地蔵盆」という子どもを守る行事が随所で執り行われていますが、将軍地蔵は地蔵尊の変化身でありながらその形容である「将軍」または「勝軍」から伺われるように、また、騎像のお姿は即ち戦国武将の姿を表わすように、「武神」として信仰を集めました。戦とは無縁の慈悲仏が、戦の渦中に戦勝の仏として化現するという劇的なメタモルフォーゼは耽美であります。愛宕山の神の本地仏とされたことから、愛宕権現、愛宕山の太郎坊天狗と習合し、「愛宕将軍地蔵尊」などと言われました。中世には愛宕法は飯縄法・ダキニ法と並び「魔法」「邪法」扱いされていましたが、それだけ霊験が強く人々の信仰を集めたということでもありましょう。

 和製の仏さんなので経典に依拠しておらず(『与願金剛地蔵菩薩秘記』は『蓮華三昧経』を元とし、それに描かれるとも言われますが、どうもきちんとした経典としての認識はないようです)、儀軌は専ら日本の習合的世界観の中で醸成されました。地蔵尊としての側面を主軸にした地蔵法と、天狗としての側面を強調した天狗法としての将軍地蔵法、大きく二系統があります。つづく


山梨市 の文化財サイトより(1枚目)
http://www.city.yamanashi.yamanashi.jp/sight/attract/history/culture/city_18.html

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ひえ〜 えらくお返事が遅れて申し訳ありません(汗
私は以前に比べてめっきり宗教に触れる?機会が減ってしまって、お恥ずかしながらほとんど資料収集もできていない状況です。むか〜し集めた資料で積ん読状態のものが大分あるので、それらをゆっくりのんびり消化しようかと思ってます。

研究のご発展とご活躍をお祈りしております。

2014/6/10(火) 午後 11:52 [ bao*gu*4 ] 返信する

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