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変わり映えのない毎日ですが、元気に暮らしています。(写真はスマートフォンで撮影したものです。)
ここ数年でコミュニケーションツールが多様化するにつれて、私たちの日常生活は少なからずその影響を受けました。
2年前にパソコンを新調したものの、電源を入れること自体めっきり減り、今やすっかり時たま遊びに来る母のおもちゃに化しました。中国のウエブサイトをネットサーフィンする母を横目に見ながら、お年寄りは遅れているねと笑ったりしています。
日本最後のガラケーにするぞと豪語しておきながら、私のスマートフォンは3代目になりました。ニュースやメールのチェックもチャットも、YouTubeの観賞も写真撮影もスマホ一台で済ませるようになりました。日々の仕事もアプリ一つで、パワーポイントを読むことも出来れば、毎日の決済や勤怠管理でタイムカードの打刻も出来てしまいます。気がついたら、スマートフォンをいじっているという時間が長くなりました。
昨日、面白いツイッターを読みました。「家に電話がないのが普通」の時代に生まれて、「家に電話がないのが普通」の時代まで生きてくることが出来た、とありました。
ここへ来ると、生活スタイルは思った以上に大きく変化したような気がしてなりません。
良いことか悪いことか、時代は確実に変わりました。
とりわけ今私が身を置くIT業界では、日々接する言葉の変化で肌が風を受け止めるように、ごく自然にそれを実感しています。
私の中では、今年のキーワードはIOTと人工知能。
これから10年先の未来はどう変わっていくか、想像すら難しくなりました。
未来学という学問があり、それを研究する学者が存在し、研究成果を時々発表しています。未来学の権威によれば、2030年までには地球上の仕事の5割にあたる20億の仕事がなくなるでしょう。ウェブ教育が広がって、教師がなくなり、無人運転の普及で運転手の仕事が消滅します。そして3D印刷の技術が発達して、荷物を持たずに旅に出る事が可能になります。
未来を想像することは難しいので、想像することをやめました。
ただ一つ確実に言えるのは私と関わりの深い通訳翻訳業も間違いなく消えていく20億の仕事のうちに入っているでしょう。文芸翻訳などのように人間の感性が問われる部分や趣味嗜好として技術に依存しない部分を除けば、人工知能が私たちの代わりに上手に働いてくれる日はそれほど遠い将来ではないでしょう。
それより、目下気を揉んでいるのは、スマホばかりいじって、およそ知的な生活と無縁な生活を送っている私は、まともに日本語の読み書きができなくなること、悲しいかな、これだけは想像するまでもなく、確実に言えることです。 |
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むか〜しむかし、テレビで周富徳さんかその弟の富輝さんがチャーハンを美味しく仕上げるコツを伝授するのを見たことがありました。なるほどこういうちょっとした裏技を利かせればいいのかと、目から鱗の記憶がありますが、今となっては、どんな技だったのかすらきれいさっぱり忘れてしまいました。
食の恨みは恐ろしいとよく言われますが、フリーランスをしていた頃は、仕事の一環として宴会通訳なるものが時々ありました。最初は通訳も食卓に着き、節度を弁えながらも美味しい料理を頂けましたが、それはいつからかとあるエージェントから、通訳には一切食事を出しませんという通知が来ました。それからというもの、和気あいあいの丸テーブルなり、四角いテーブルなりにこれでもかと並べられる豪華絢爛なお料理を睨みつけながら、通訳は一歩後ろに添えられた椅子に座らされ、その料理に纏わる話題を訳さなければならないという、屈辱的な仕事をする羽目になりました。
当然ながら、エージェントに苦情を入れました。(あんなに美味しそうな料理を目の前にしながら食べられない)食べられないのに、説明をしなければならないなんて芸当は通訳には到底難しいから、せめて一皿でも出してくださいと、懇願したら、これを聞き入れてもらい、見事に白いお皿だけ一枚私の前に置かれていた、というなんとも悲しい出来事を一生忘れません。あのエージェントの社名と一緒に私の記憶に刻み込みました。
こういうことを経験してからしばらくしてロシア語通訳者で作家の米原万里さんやイタリア語通訳者の田丸公美子さんのエッセーを読んだら、やはり同じことを経験していらっしゃるようで、もちろんお二方はさすが知恵も度胸も一枚も二枚も上手でうまい具合に料理をゲットした模様です。
話が逸れましたが、家でちゃんとご飯を作って食べるのは土日だけになりました。限られた機会を無駄にしたくなくてあれこれ料理店で食べたものを再現しようとしたり、料理本を片手に、気になる一品を形にしようとしたりするのに、努力を惜しみません。
食べる欲とはとてつもなく深いもので、この際限なく膨張する欲望を満たすために時間もお金もかけています。
米原万里さんが綴ったエッセーを思い出されます。小学生だった万里さんが授業で美味しい料理の話を聞きつけ、食べたくなって居ても立っても居られず、授業が終わると一目散に家に駆け戻ると、なんと妹さんも思いつめた顔をして飛んで帰ってきました。それから姉妹二人で台所に立ち、早速その料理を再現したと言います。妹さんのユリさんは今やエッセーストにイタリア料理研究家。好きなことを仕事に出来たとは最高の幸せではありませんか。
ということで、私は今日も美味しい味を訪ねては、日々の何でもない暮らしに彩りを添えています。
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野菜さえあれば、なんでも美味しくなります。
美味しいごはんさえあれば、幸せに近づきます。
幸せのためなら、いくらでも食べられる気がします。
さあ、いくらでも食べてやります。
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明けまして、おめでとうございます!
遅ればせながら、新年のご挨拶を申し上げます。
昨年の抱負は1キロ減量でしたが、目標達成とならず、がっくりしました。
今年は引き続き1キロ減量、そして仕事も趣味も楽しくやっていきます。
大きな目標はありませんが、ただありふれた暮らしの中の小さな喜びを一つ一つかみしめ、毎日を大切に過ごしていたいと思います。
毎日、小さな前進があればいいと願っています。
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Merry Christmas!
去年の出来事でしたが、クリスマスに合わせて、これまた懲りずにキャラ弁に挑戦しました。
こういうものは家で食べる分はいいけれど、外で持たされたら、確実にぐれてやる、と言われました。
トホホ。
しかし、このお弁当のどこが悪い?
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