日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

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[聖書] コリントの信徒への手紙一 7章17〜24節
おのおの主から分け与えられた分に応じ、それぞれ神に召されたときの身分のままで歩みなさい。これは、すべての教会でわたしが命じていることです。 割礼を受けている者が召されたのなら、割礼の跡を無くそうとしてはいけません。割礼を受けていない者が召されたのなら、割礼を受けようとしてはいけません。 割礼の有無は問題ではなく、大切なのは神の掟を守ることです。 おのおの召されたときの身分にとどまっていなさい。召されたときに奴隷であった人も、そのことを気にしてはいけません。自由の身になることができるとしても、むしろそのままでいなさい。 というのは、主によって召された奴隷は、主によって自由の身にされた者だからです。同様に、主によって召された自由な身分の者は、 キリストの奴隷なのです。あなたがたは、身代金を払って買い取られたのです。人の奴隷となってはいけません。兄弟たち、おのおの召されたときの身分のまま、神の前にとどまっていなさい。

[序] パウロの結婚観
今日の主題は、コリントの教会が抱えている結婚生活についての質問に対する パウロの回答です。結婚に対するパウロの考えは消極的です。7章の7〜8節をご覧ください。「わたしとしては、皆がわたしのように独りでいてほしい」と言っています。聖書学者のバークレーによりますと、パウロはどうやら離婚経験者だったようです。

彼は熱心な正統派ユダヤ教徒でした。正統派は18才が結婚適齢期だとしていたそうです。また彼は祭司長たちから権限を与えられて多くのキリスト教徒を牢に入れ、その死刑に賛成投票をしたと言っています。(新改訳使徒26:10)これはユダヤ最高法院の投票でしょうから、彼は議員だった。議員は結婚している者と規定されていますから、パウロは結婚していたのだというのがバークレーの説です。

パウロはユダヤ教の明日を担う期待の星でした。その彼が劇的な回心をしてキリスト教徒になり伝道し始めたのですから、ユダヤ教徒からは裏切り者として、憎しみと怒りが集中しました。奥さんは耐え切れずに彼との縁を断ち切り、去っていったのではないでしょうか。パウロは「キリストのゆえにすべてを失いました、それらを塵あくたと見なしています」(フィリピ3:8)と言っていますが、家庭をも失うという痛ましい犠牲を払ったのでした。

ペトロをはじめ他の使徒たちは夫人同伴で各地を回っていたようですが(汽灰螢鵐硲后5)、パウロは結婚生活とはきっぱり縁を切り、妻や家庭のことに心を遣うことから解放されて、ひたすら世界伝道に専念しました。「結婚する人たちは、その身に苦労を負うことになるでしょう。わたしは、あなたがたにその苦労をさせたくないのです」(28節)「このようにわたしが言うのは、あなたがたのためを思ってのことで‐‐‐ひたすら主に仕えさせるためなのです」(35節)十字架のイエス・キリストを主として、全身全霊をこめて仕えることを第一とするところから、結婚にたいする消極的な思いが生まれたのでした。

[1] 夫婦で主に仕える
私の信仰の親である熊野牧師も「出来るだけ逃げる」とおっしゃいました。パウロと同じですね。その点だけは賛成出来ませんでした。「先生、お言葉ですが、私は嫌です。よく祈って、この人だと思ったら、積極的にプロポーズします」そしてその通り実行しました。熊野先生に結婚式の司式をしていただいてから、この3月で50年になります。

パウロは申します。「独身の男は、どうすれば主に喜ばれるかと主のことに心を遣いますが、 結婚している男は、どうすれば妻に喜ばれるかと世の事に心を遣い、心が二つに分かれてしまいます。」(32〜34)また独身の女の場合も同様だから「ひたすらに主に仕えるためには、結婚しない方がよい」とパウロは申しています。果たしてそうなのでしょうか?

私自身を顧みますと、現在家事一切何も喜美子を手伝っていません。買い物だけは例外で、重い荷物を自転車の前と後の篭に入れて運ぶのは、危険極まりませんから、車で運び役をする程度の手伝いです。殆どの時間は、書斎に閉じこもっているか、健康維持のために剣道の稽古に出かけるかだけです。剣道も気力を充実させて牧師職に専念するために欠かせない鍛錬の時間です。こうして妻から生活の世話を全面的に受けて、ひたすら主の教会に仕えていると言えましょう。

勿論このように言ったとしても、私はカトリック教会の神父さんの独身生活の厳しさを知りませんから、妻帯者の手前勝手な自意識かもしれません。しかし札幌教会時代は、夫婦と両親と子供5人という9人の大世帯なればこそ、人間関係のつながりも豊かに大きく拡がって、地域社会に根ざした教会形成が出来たというメリットがあったと思うのです。現在は老夫婦二人で地域の子供たちとその家庭との接点がありません。淋しい限りです。

独身の身軽さをもってひたすら主に仕えるとは、パウロの様に世界伝旅行に専念する場合には言えることであって、地域社会での教会形成の場合には、家族全員の総和で仕えることの方が、より効果があると言えるのではないでしょうか。

私のプロポーズの言葉は「二人で全力を注いで主の教会にお仕えしたい」でした。そして喜美子もそれを喜んで受けてくれました。喜美子は修道女に憧れを抱いていました。ですから彼女の母は「享さんと出合ってくれたから、喜美子を修道院の内に取られなくて済んだ。私には享さんがキリストさまだよ」とよく言っていました。「修道尼として終生ひたすらお仕えするという願いを、牧師を支えるという脇役に変えさせてしまった。喜美子を犠牲にして牧師加藤が存在し、用いられている」という申し訳なさを、私は生涯の負い目として持ち続けています。

(後半へつづく)


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